【本件、保証外です!】#1-3 DXの本当の成果は“経営者の時間”である

はじめに:コスト削減は「ゴール」ではない

全3回でお届けしてきた製造業DXのブリーフィングも、今回が最終回です。 第1回では「管理面のデジタル化」の重要性を、第2回では「データ定義」という難所についてお話ししました。これらを乗り越え、晴れてDXが軌道に乗ったとします。日報は自動化され、在庫管理の精度は上がり、現場のムダな作業が削減されました。 さて、ここで経営者であるあなたに問います。 「効率化によって浮いたコストや時間を、どう使いますか?」

多くの経営者が「コスト削減できてよかった。これで利益率が上がる」と喜び、さらなるコストカット(乾いた雑巾を絞るような節約)に向かいます。 しかし、はっきり申し上げます。「コスト削減」をDXの最終ゴールにしてはいけません。DXの真の価値は、単にコストを減らすことではなく、生まれたリソース(人・モノ・金・時間)を「未来のために再配分すること」にあるからです。

1. 「マージン(余力)」を削りすぎてはいけない

効率化を進めると、必ず「マージン(余力)」が生まれます。 日本の製造業、特に巨大な下請け構造の中にある中小企業は、発注元からの厳しいコストダウン要求に応えるため、このマージンを「悪」として極限まで削ぎ落とそうとする傾向があります。しかし、このマージンは単なるムダではありません。不測の事態に対応するための「必須のサブ(予備)」なのです。

思い出してください。東日本大震災のとき、多くの日本の工場が被災しました。しかし、驚くべきことに、多くの現場がわずか1週間〜10日程度でラインを復旧させました。 なぜそんなことができたのか?それは、現場に「余力」があったからです。ベテラン社員の知恵、予備の部品、臨機応変に動ける組織力。これらがバッファとなり、未曾有の危機を乗り越える力(BCP:事業継続計画)となったのです。もし、DXですべてをガチガチに自動化し、人員をギリギリまで減らし、マージンをゼロにしていたらどうなっていたでしょうか。おそらく、一度ラインが止まったら二度と立ち上がれなかったはずです。

効率化は重要です。しかし、それによって生まれた余力は、リストラや単価引き下げの原資にするのではなく、「有事のためのクッション」や「次の挑戦のための体力」として、戦略的にプールしておくべきなのです。

2. 「下請け」から脱却し、対等なパートナーへ

日本の製造業が抱える構造的な課題として、「下請け構造」があります。 発注元から図面が来て、言われた通りに作り、納品する。この関係性の中では、どれだけDXで効率化しても、その成果は「値下げ」という形で発注元に吸い上げられてしまい、自社には残りません。しかし、DXによって自社の生産プロセスが可視化され、データに基づいた管理ができるレベルまで到達すれば、状況は変わります。
「今の納期にはこれだけの根拠がある」「この設計ならもっとコストを下げられる」といった提案が、データという客観的根拠を持ってできるようになるからです。

また、発注元企業(大手メーカーなど)では今、技術の空洞化が進んでいます。長年、製造を外部に丸投げしてきた結果、社内でモノを作る能力、つまり「管理能力」自体が失われているのです。 だからこそ、しっかりとした管理能力を持つサプライヤーは重宝されます。

「下請け」という言葉遊びをやめましょう。「外注さん」と呼び変えても現実は変わりません。 DXを武器に、自社の技術と管理能力を証明し、発注元と対等に渡り合える「パートナー」になる。それこそが、利益率を改善し、未来への投資原資を確保する唯一の道です。

3. AI時代の技術との向き合い方

技術の進化、特にAI(人工知能)との付き合い方も重要です。 「AIに仕事を奪われる」と恐れる必要はありませんが、「AIにできないこと」を見極める冷静さは必要です。

AIは「過去のデータの集積」から「無難な正解」を導き出すことには長けていますが、「全く新しい価値の創造」や「責任を取ること」はできません。 また、技術にはライフサイクルがあります。新しい技術も、普及すればコモディティ化し、最後は陳腐化します。「伝統」という言葉に固執して技術を守ろうとしても、市場価値がなくなれば淘汰されます。

自社の技術が今どのフェーズにあるのかを見極め、AIやロボットに任せられる部分は大胆に任せる。そして人間は、AIが出した答えを「検証」したり、AIには思いつかない「トンがったアイデア」を出したりする領域へシフトしていく。この新陳代謝を恐れない姿勢が不可欠です。

4. 経営者が取り戻すべき「考える時間」

最後に、筆者が考えるDXの究極の目的をお伝えします。 それは、経営者であるあなたが「考える時間」を取り戻すことです。

中小企業の経営者の多くは、プレイングマネージャーです。 現場のトラブル対応に追われ、資金繰りに悩み、日々のメール返信で一日が終わる。そんなあなたは「忙しい」が口癖になっていないでしょうか。DXによって現場の状況がリアルタイムで見えるようになり、ある程度の判断が自動化されれば、あなたは日々のオペレーションから解放されます。 その空いた時間で何をするか。

  • 10年後の会社のビジョンを描くこと。
  • 全く新しい新規事業を構想すること。
  • 社員がワクワクするような目標を掲げること。


これらは、AIにも、現場の社員にも、ITベンダーにもできません。経営者であるあなたにしかできない、最も価値のある仕事です。 会社を次のステージに進めるための「未来を構想する時間」。これを作るためにこそ、私たちはデジタルを活用するのです。

おわりに:まずは「脱Excel」から

壮大な話をしてきましたが、最初の一歩は小さくて構いません。 今、目の前にあるそのExcel業務。「これ、本当に必要か?」「もっと楽にならないか?」と問いかけることからDXは始まります。

期間を決めてデータを取ってみる。それをグラフにして眺めてみる。 それだけで、今まで見えなかった景色が見えてくるはずです。DXは、ITツールの導入競争ではありません。 自社の足元を見つめ直し、筋肉質な体制を作り、経営者が顔を上げて未来を見るための「生き方」の変革です。さあ、まずはあなたの机の上にある、その一枚の紙をデジタル化することから始めてみませんか? 日本の製造業の底力は、まだそんなものではないはずです。

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