組織の断絶を溶かし、「品質・技術・ビジネス」を再統合する ~「工業哲学(3):組織の断絶を越える」より~

メーカーの新製品開発、製造業の現場において、私たちは日々「見えない壁」に直面しています。 図面通りに作れないと嘆く製造現場、過酷な納期を突きつける営業、そしてルールの遵守を厳格に求める品質保証(QA)。組織が成長し、機能が分化すればするほど、これらの部門間には深い溝—「組織の断絶」—が生まれます。
この断絶は、単なるコミュニケーション不足に留まりません。品質の低下、技術革新の停滞、そして最終的にはビジネスとしての競争力喪失を招く、極めて深刻な経営課題です。本記事では、対談シリーズ「工業哲学」の内容を基に、製造業が抱える構造的な断絶をどのように乗り越え、品質・技術・ビジネスを一つの有機体として機能させるべきかを探ります。
1. 組織が「10人」を超えた時に始まる機能不全
組織の断絶は多くの場合、規模の拡大とともに忍び寄ります。 少人数の町工場であれば、全員が同じ空間で汗を流し、互いの仕事が手に取るようにわかります。しかし、従業員が10人を超え、部署が分かれ始めると、共通言語が失われ、「立場の違い」がうごめき始めます。
物理的距離が生む心理的断絶
過去数十年のグローバリズムは、この問題を加速させました。本社機能が都市部にあり、工場が地方や海外へ移転する。この物理的な距離は、想像以上に「心理的な断絶」を生みます。 営業が取ってきた案件の背景を製造が知らず、製造が抱える物理的制約を設計が理解していない。この状況下では、品質保証部門は「ブレーキ役」という孤独な立場に追い込まれ、他部門との緊張関係は頂点に達します。
「縦割り」という防波堤
部門ごとに最適化された評価指標(KPI)は、時に組織全体の目的や利益と衝突します。自分の「縄張り」を守り、責任を回避しようとする姿勢は、プロセス全体の停滞を招きます。これを解決するには、組織図をいじるだけの構造改革ではなく、より深い「哲学的・文化的アプローチ」が必要です。
2. 境界を「守る」のではなく「溶かす」文化
組織の断絶を乗り越えるための鍵は、「境界を溶かし融合する」という発想への転換です。
エンゲージメントを「得」にする
他部門の領域に首を突っ込むことを「領域侵犯」と捉える文化では、誰も動こうとしません。むしろ、部門の垣根を越えて相手の仕事に関与(エンゲージメント)することが、本人にとって「面白い」「得になる」「評価される」という空気感を作ることが不可欠です。
相互理解のベースライン
営業は製造が抱える物理的な限界を知り、製造は営業が顧客と向き合っている最前線の苦労を知る。 例えば、製造現場が営業の取ってきた無理な案件を「自分の腕を上げる絶好の機会」「今までとは違うアプローチを生み出すための思考の場」と捉え直し、営業が製造のこだわりを「競合他社に勝つための武器」「何よりも自社を選ぶ理由」として顧客に提案する。こうした歩み寄りが、単なる「調整」を超えた「協調」を生み出します。
3. 常に自らの足場を「問い続ける」勇気
技術や品質の向上を阻む最大の敵は、実は「プロフェッショナリズム」という言葉の裏に隠れた思考の硬直化です。
現状維持を掘り崩す
「今までこうしてきたから」「これが職人のやり方だから」という言葉は、しばしば変化を拒む盾として使われます。 しかし、真に称賛されるべきは、現状維持に固執する人ではなく、「本当にこのやり方でいいのか?」と自らの足場を掘り崩してまで改善を模索する勇敢な個人です。 「なぜこの検査が必要なのか」「この工程は短縮できないか」と問い続ける姿勢こそが、停滞した組織に風穴を開けます。
改善のゲーミフィケーション
改善活動を「苦行」ではなく「遊び」に変える工夫も有効です。 4つの手順を3つに減らす工夫をパズル感覚で楽しんだり、顧客の仕様に対して「より安く、より良く」なる代替案を提案することをゲームのように楽しむ。こうした「面白がる力」が、創造的な問題解決の原動力となります。
4. 「分(ぶん)を知り、助けを求める」というスキル
製造業において、個人の責任感は美徳とされますが、それが「抱え込み」に繋がるとリスクに変わります。自分の能力や責任範囲などキャパシティの限界(分)を正確に認識し(分をわきまえ)、限界を超える前に「助けて」と言える力。これは弱さではなく、組織としての高いリスクマネジメント能力です。 特に品質保証のようなプレッシャーのかかる現場では、一人で問題を背負い込まず、チームとして、あるいは製品の構造は設計部門、製品の作り方は製造部門や生産技術など、他部門の知恵を借りて解決する姿勢が、致命的なミスを防ぐ防波堤となります。
5. 評価制度の再定義:「シナプス」をどう評価するか
現代の製造業における大きな構造的課題の一つに、「調整役」の過小評価があります。
数値化できない貢献の価値
営業の売上や、製造ラインの生産数は数値化しやすく、評価に直結します。しかし、部門間を繋ぎ、情報の流れを円滑にする「生産技術」や「品質管理」のような役割、いわば組織の「シナプス」は、その貢献が目に見えにくいのが現実です。時にはその仕事にあたる当人は「隙間産業だから」と皮肉っぽく笑い、黙々と組織の維持とプロジェクトの進捗のために働きます。野球に例えれば、ホームラン王だけでなく、きっちりと送りバントを決めて得点圏に走者を進める選手がいなければ、チームは勝てません。組織の断絶を埋める役割を担う人材を、評価制度の面でいかに遇するか。これが、組織の持続可能性を左右します。
6. 柔軟な発想は「好奇心」から生まれる
最後に、組織を硬直化させないための個人のマインドセットについて考えます。 「若手は柔軟で、ベテランは頭が固い」という言説は、必ずしも真実ではありません。柔軟性の源泉は年齢ではなく、「専門外のことへの好奇心」にあります。
自分の担当ではない隣のラインの製造方法を見て「これは自分の仕事でも使えるのではないか?」と面白がれるかどうか。 あるいは、不測のトラブルが起きた際に「さあ、どうやって攻略しようか」と、パニックではなく解決策を考えることを楽しめているか。こうした人間的な資質や、それを許容できる「脱線を面白がる文化」こそが、断絶を乗り越える最強の武器となります。
おわりに:個が生きる組織の実践に向けて
個が生きる組織とは単なる精神論ではありません。 品質保証、技術開発、そしてビジネスとしての収益性。これらをバラバラの点として捉えるのではなく、部門の壁をタスクの意義に置き換え、個々人の活動の集積によって組織という一つの生命体の営みとして統合するための知恵です。
部門の壁に突き当たったとき、あるいは組織の停滞を感じたとき、私たちは一度立ち止まって問い直す必要があります。 「私たちは、互いの境界線を溶かそうとしているだろうか?」 「問い続けることを、称賛できているだろうか?」組織の断絶を越える旅は、まず一人のリーダーが、あるいは一人の現場担当者が、隣の部門のドアを叩き、「あなたの仕事の面白さを教えてほしい」と問いかけることから始まるのではないでしょうか。
