【本件、保証外です!】#2-2 日本版ガレージスタートアップ

― “同人”という最強の起業モデル

「新規事業を立ち上げる」 そう聞いたとき、多くの経営者がイメージするのは、多額の予算を組み、専門のチームを組織し、数年がかりで壮大な製品を開発する…といった、重厚長大なプロジェクトではないでしょうか。しかし、現代のような変化の激しい時代において、その「正攻法」は往々にして、製品が完成する頃には市場が変わっているという「死に至る病」を抱えています。

では、世界を席巻するイノベーションはどこから生まれるのか。シリコンバレーでは、それは「ガレージ(車庫)」から生まれると言われます。しかし、ここ日本において、それと同等、あるいはそれ以上に洗練された起業のエコシステムが、実は半世紀も前から存在しています。

それが「同人(どうじん)」というモデルです。

1. 「同人」とは、ビジネスの原点である

まず、誤解を解くことから始めなければなりません。一般的に「同人」と聞くと、アニメや漫画の二次創作を楽しむ趣味の世界、あるいは「オタク文化」の象徴のように捉えられがちです。しかし、その活動の本質をビジネスの視点から解剖すると、そこには極めて合理的で、力強い「事業創出のメソッド」が隠されています。

同人活動の本質は、以下の3つのプロセスを、たった一人の個人、あるいは最小のチームで完結させることにあります。

  • 自主企画: 誰に頼まれるでもなく、自分の内なる衝動や「これが欲しい」という仮説に基づいて、製品を定義する。
  • 自主制作: 既存のラインや予算に縛られず、自らの責任と工夫で、形にする。
  • 自主販売: 大手取次や書店といった「既存の流通網」を通さず、イベントや直販サイトで、自らの手で顧客に届ける。


これは、まさに「究極の自律型ビジネス」です。 多くの日本企業が失ってしまった「市場と直接対話し、製品をゼロから定義する力」が、この同人の世界では、日々何万という単位で実践されているのです。これを「趣味の話だ」と切り捨ててしまうのは、あまりにも勿体ない。同人とは、日本が生んだ最強の「ガレージスタートアップ・モデル」なのです。

2. コミックマーケット:50年続く「市場検証の聖地」

日本における同人活動の象徴が、世界最大の同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」です。50年以上の歴史を誇るこの場は、単なるお祭りではありません。実は、極めて過酷で、かつ誠実な「市場検証の実験場」として機能しています。驚くべきことに、この場には趣味の作家やアマチュアのみならず、プロの漫画家、作家、そして他分野の一流クリエイターたちが「個人」として参加しています。彼らは、商業ベース(出版社が決めた企画)では挑戦できないような、尖った表現や実験的な企画を、自費を投じて世に問います。

なぜ彼らは、プロでありながらわざわざ個人として参加するのか。もちろん、コミックマーケット自体が商業コンテンツの参加を許可していないことはもちろんですが、それだけではないと思います。それは、ここが「自分の本当の市場価値」を測れる唯一の場所だからです。 「出版社が宣伝してくれるから売れる」のではなく、「自分の作ったものが、一人の人間として、誰かの心を動かすことができるのか」。その真実を知るために、彼らはブースに立ち続け、また毎回のように新しい作家がその場に臨みます。

何を隠そう、筆者自身も個人名義で、自分の本を作り同人誌即売会に参加しています。そこでは毎回新しい読者、新しいお客さんに会えます。一つのサンプルを手に取りページをめくった後、また次の作品に手を伸ばしてくれるのか、それともそのまま立ち去ってしまうのか、一人一人その振る舞いと興味を持って頂ける作品は様々です。

この「一個人が、市場と一対一で向き合う」というスタンスこそ、今、日本の製造業に最も必要なものです。組織の看板を外し、肩書きを捨て、一人の「作り手」として顧客の前に立つ。そこからしか、本当の新規事業は生まれません。コミケ以外にも、デザインフェスタなど企業でも参加できるイベントがあります。そのような場でなら、自分たちが本当にいいと思っているものを作っている製作者と、自分たちがほしいと思えるものを探している顧客がフラットに出会うことができるのです。

3. 「同人モデル」が製造業を救う3つの理由

なぜ、今「同人」なのか。製造業、特に中小企業がこのアプローチを取り入れるべき理由は明確です。

第一に、リスクの極小化です。 まとまった予算と期間を必要とする従来の新規事業は「一発勝負」になりがちでした。しかし、同人モデルは、数千円から数万円の「小遣い程度」の予算からスタートすることを前提としています。失敗しても会社は潰れない。だからこそ、何度でも挑戦できるし、何度でもピボット(方向転換)ができるのです。

第二に、開発スピードの圧倒的な速さです。 社内会議や重層的な決裁ルートを経由しなければ身動きを取ることさえ許されない大企業による大規模な商品開発と異なり、「作りたい」と思った瞬間に試作に入り、次回のイベントで売る。この「思考と実行のラグ」をゼロに近づける感覚こそが、停滞した組織に活力を吹き込みます。

第三に、ファンとの「直接的な繋がり」です。 同人活動の醍醐味は、自分の作ったものを手に取ってくれた人と、その場で会話ができることです。 「この素材、もっと軽い方がいいですね」「これ、実はこんな使い方があるんですよ」。 こうした顧客からのダイレクトなフィードバックとコミュニケーションは、何百万円かけて実施する市場調査アンケートよりも、はるかに濃密で、次に作るべき製品のヒントに満ちています。

4. 会社の中に「ガレージ」を作る

「うちのような堅い会社で、同人なんて……」と躊躇する必要はありません。 これは、組織全体をひっくり返す話ではないのです。まずは、全リソースの数パーセント、あるいは就業時間の数パーセントを使って、社内に「同人的な活動を許容するガレージ」を作ることから始めてください。部署の壁を越え、有志が集まり、会社のリソース(端材や休眠設備、空き時間)を使って、「自分たちが本当に面白いと思うもの」を勝手に作る。そこでの成功体験は、やがて組織全体の文化を変えていきます。「自分たちでも、市場を創れるんだ」という自信が、受託体質で冷え切った社員の心に、再び火を灯すのです。

「同人」とは、単なるオタク文化ではありません。それは、巨大なサプライチェーンという「ゆりかご」から飛び出し、自らの足で市場を歩き始めるための、最も実践的で日本的な戦略なのです。次回は、この同人モデルを具体的にどう「実行」に移すのか。 「デザインフェスタ」や「SNS」を戦場に変え、実際に「手売り」で市場を掴み取るための、具体的かつ泥臭い戦術論をお伝えします。

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