ナフサ不足・LNG不足が顕在化している

2026年4月現在、米国・イスラエルによるイラン攻撃とその報復に端を発したホルムズ海峡の封鎖は依然として解消されていません。当初は原油不足が主に問題視されていましたが、状況が長期化するにつれて影響はより広範に及んでいることがより明確になってきました。いま顕在化しつつあるのが、原油に加えて、液化天然ガス(LNG)の不足と、プラスチック製品の原料となるナフサの不足です。

ナフサは原油の精製過程で得られる留分のひとつですが、日本は国内需要を満たすために更に精製済みのナフサを単体で輸入してきた経緯があります。そして、その輸入ルートの多くが、やはりホルムズ海峡を通っています。ナフサの輸入制限は一部のプラスチックメーカーがすでに工場の稼働制限に踏み切るか、あるいはその準備段階に入る程度には影響を及ぼしており、このままでは日本国内に流通している生活に根差したプラスチック製品の流通制限が発生する可能性が高まっています。

「ここが止まると全部止まる」単一障害点としてのホルムズ海峡

システム設計の領域では「単一障害点(単一故障点:Single Point Of Failure)」という概念があります。ある工程やシステムの中で、その一点が止まると全体が止まってしまう、迂回路が存在しないポイントのことを指し、通常ではシステムの二重化、多重化し、冗長性を持たせることで障害を回避します。今回のホルムズ海峡は、日本の工業とサプライチェーンにとってまさにSPOFとなってしまいました。

システムが止まると影響は川下に向かって連鎖します。
加工食品やスーパーの惣菜に使われるパックなどの食品パッケージ、物流で使われるプラスチックパレット、家電・自動車の部品、医薬品のパッケージ…社会のあらゆる場面でナフサに由来するプラスチックや素材が使われており、それが供給されなくなることの影響はすぐには想像できないほど広範囲です。

個人・中小企業にできることは限られている

現状において個人や中小企業が対応できる手段は「使用量を減らす」ことに集約されます。しかし肝心の「どの程度減らせばよいか」が明確にはなっていません。政府はまだ国内市場に流通制限や供給割当を行っていないため、消費者や末端の現場からはどの程度なら使用可能なのか、今のペースで消費していつまで持つのか見当が付かず、民間が定量的な判断基準を持てないまま対応しなければならない状況におかれています。

使用量を減らすと言っても限界があります。我々の社会はプラスチック製品がなくては成立しないほど、ナフサを原料とした石油化学製品を使用しています。簡単に、おおよその範囲で、どの領域でどのような物が石油化学製品でできているかを見ていきます。

石油化学製品の活用例

【病院・医療】

  • 注射器
  • 輸液バッグ、チューブ
  • 手袋、マスク
  • アスピリンなどの薬品原料
  • 薬品の中間体や錠剤表面のコーティングや軟膏などの溶媒、添加剤

【農業・食品】

  • 農薬の原料、農業用薬剤(除草剤、殺虫剤など)
  • ビニールハウスなどのフィルム製品
  • 加工食品の包装材
  • スーパーやコンビニのお弁当などのパック
  • 保存料や防腐剤などの食品添加物

【工場・ものづくり・物流】

  • 機械を動かすための潤滑油、金属を削る時に使う切削油などの油脂類
  • 錆防止のために部品に塗布する防錆剤
  • 塗料や溶剤
  • ラベル、梱包フィルムなどの包装材料
  • プラスチック製のパレットなどの物流備品
  • ガスケット、パッキン等のシール材

【家電・自動車】

  • タイヤ
  • 電子回路の基板
  • 自動車内外装のプラスチック製部品
  • 家電の筐体、スイッチ類など

【日用品・生活雑貨】

  • 洗剤、シャンプー、化粧品などの原料
  • 衣類などに使用する化学繊維
  • 水道管
  • 電線の被覆
  • テープなどの基材や粘着剤
  • 接着剤
  • 壁紙や壁紙用の接着剤

その中でできること

これらの製品を現時点でも困ることなく購入できるのは、サプライチェーンの各メーカが、工場を止めないように(止めてしまうと生産再開まで数か月以上の時間がかかってしまう)、市場の製品が枯渇しないように、それでいて原料を使い切らないように生産を調整しているからです。

市民ができることとして現実的な解としては、上記の製品の大量使用を自身が可能な範囲で控えるとともに、政府や大企業、特に資源の元売りや輸入に関わる事業者に対して、より明確な情報開示と方法論の提示を求め続けることと言えるでしょう。

なぜこの依存構造が生まれたのか

根本には、中東産原油が「安くて良質で大量に取れる」という圧倒的な優位性がありました。その優位性に引き寄せられた結果、日本はプラスチック製品のコストを大きく下げることに成功した一方で、単一の地政学的ボトルネックへの依存を深めました。「中東産の原油」という甘い蜜に夢中になり、それ以外の原料の確保や方法論の確立、それによって引き起こされる製品価格の上昇などのリスクとコストを受け入れてこなかったのです。

別のルートや別のリソースを開拓する社会的なインセンティブは、中東依存が成立している間は働きにくかったのです。しかし今回、「1ヶ所が止まると社会全体が止まる」状態になったことで、その構造的な脆弱性が証明されてしまいました。

今から並行して動かなければならない

日本社会では「まずこの状況を落ち着かせてから考えよう」という議論が出やすいですが、封鎖がいつ終わるかわからない以上、解決策の模索を後回しにする理由はありません。現時点から並行して動く必要があります。

エネルギーの多様化:再生可能エネルギーと原子力の現実的な活用

中東からのエネルギー輸入への依存を減らすために、国内でエネルギーを調達・供給する仕組みを整えることが重要になります。太陽光・風力といった再生可能エネルギーは発電規模の制約があるものの、地産地消的なエネルギー確保の手段として有効です。近年注目されているペロブスカイト太陽電池のような軽量・柔軟な次世代素材の活用も視野に入ってきます。

また、日本においては原子力発電の位置づけは、慎重に現実的に再検討する必要があると言えます。核燃料に対する拒否反応には歴史的・感情的な根拠があり、それを無視することはできません。しかし定量的なリスク管理のもとで運用する原子力は、現状の日本のエネルギー構成においてまだ一定の役割を担い得るものです。再生可能エネルギーの割合を増やすことに成功した国々の事例も参照しながら、粘り強く方法論を磨いていく必要があるでしょう。

電気自動車(EV)の普及も、この文脈の中では再評価されます。エネルギーの地産地消という観点で上述の発電方法の多様化が可能である点を見れば、日本はEVを増やすことには一定のメリットがある社会です。

材料の多様化:リサイクル材と木材の活用

材料面では、再生材の積極的な活用が求められます。一般社団法人プラスチック循環利用協会は2023年の「マテリアルフロー図」を公表した情報クリップの中で、リサイクルしたプラスチック材料について以下のように説明しています。

有効利用率89%の内訳は、マテリアルリサイクル22%、ケミカルリサイクル3%、サーマルリサイクル(エネルギー回収)64%となりました。有効利用率の一層の向上のためには、11%(81万t)を占める未利用の単純焼却(8%:58万t)、埋立(3%:24万t)をリサイクルの流れの中にうまく取り込んでいく必要があります。

一方、マテリアルリサイクルの利用先としての廃プラスチック輸出量は、プラ屑として54万t、再生原料として71万tの合計125万tで、マテリアルリサイクル品の約70%が輸出されています。

2023年廃プラスチック総排出量は769万t、有効利用率は89% 「プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処理処分の状況(マテリアルフロー図)」を公表 2024.12.23 一般社団法人プラスチック循環利用協会

再生材の難点は品質のばらつきです。性能や性質の安定性を一定水準に保つことが難しく、それがこれまで再生材の活用が進まなかった一因でもあります。完成品メーカは品質の安定を理由に「再生材の使用を禁止する」と指示する場合があり、筆者も過去にそのような図面を見たことがあります。

ですがいま、「遠くの国が売ってくれなくなるかもしれない」「運んでいる船が進めなくなるかもしれない」という現実が突きつけられたことで、再生材を活用せざるを得ない状況(再生材の品質安定に力を尽くさなければいけない状況)が近づいています。

また、日本には特有の強みとして木材資源があります。建材として国産材の利用が低迷してからは管理が行き届かない森林も多いですが、適切に活用すれば工業材料としての可能性は広がります。プラスチックと木材を組み合わせた複合材料や、木の風合いを生かした内装材など、工業製品への応用・活用も進んでいます。木材の活用は、新しい時代の日本の山林管理の経済的な裏付けにもなりうると考えられます。

まとめ:「一点集中」から抜け出す意識を

日本社会には、ある材料や技術が優れていると分かると、そこに一斉に集中してしまう傾向があります。原油の中東依存もその一例ですし、海産資源なども漁獲量制限が市場の需要拡大に追いつかず、実態として乱獲が進むなどしています。木材を再評価した途端に過剰な採取が起きるということも想定し、材料としての計画的な採取が可能なオペレーションの構築が不可欠です。

これからの日本に本当に必要なのは、「こっちの材料が使えるから何でも切り替えてしまえ」ではなく、社会の運営と資源の確保を視野に入れた、全体のバランスを意識した資源管理です。自分たちの生活がどのような資源の上に成り立っているか、エネルギーや材料がどのようなサイクルで動いているかを社会全体が理解し、意識的に管理していくこと。それが今回の危機が問いかけている本質ではないでしょうか。

東京や大阪のような大都市圏では、製造業の現場や一次産業の実態が見えにくい。社会のインフラを支えているものへの「無頓着」を許容してきたツケが、今まさに表れています。

まず何が起きているかを把握したい方はこちらから

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