プラスチックが…食品が… 遠い国の戦争が日本の日常を揺さぶる

2026年2月28日に決行された米国とイスラエルによるイラン攻撃。それによるホルムズ海峡の封鎖の影響が具体的に日本経済に出始めています。まず石油化学工業で、プラスチックの原料になるエチレンの減産が始まっているとの報道があります。

三菱ケミカルは茨城事業所でエチレンの減産を開始した。出光興産もエチレン生産設備の停止可能性を取引先に通知している。シンガポールでは住友化学グループがエチレンに続きアクリル樹脂原料でもフォースマジュール(不可抗力)を宣言した。

石化プラント減産、物流資材不足が4月迫る 2026年3月9日 (月) Logistics Today

出光興産は16日、千葉県山口県のコンビナートで、基礎化学品「エチレン」の生産量を減らし始めたと明らかにした。ホルムズ海峡の事実上の封鎖によって原料のナフサ(粗製ガソリン)の調達が滞る恐れがあるためという。
出光は、減産を始めた時期や減産規模について明らかにしていない。同社はすでに設備を止める可能性もあると取引先に伝えていたが、「現時点で停止を決めてはいない」(広報)という。

出光興産もエチレン減産、千葉と山口で 三菱ケミ・三井化学に続き 2026年3月16日 15時58分 友田雄大 朝日新聞

影響は石油化学工業だけではありません。2026年3月12日、菓子製造を生業とする山芳製菓株式会社が工場の操業停止と出荷遅延・出荷停止の可能性があることをリリースしました。

現在、国際情勢の影響によりホルムズ海峡が封鎖され、
弊社が製造工程で使用している重油の調達が極めて困難な状況となっております。
このため、誠に遺憾ながら弊社工場の操業を一時的に停止せざるを得ず、
一部製品の供給に遅延または出荷停止が発生する可能性がございます。

製品供給に関する重要なお知らせ 2026/3/12 山芳製菓株式会社

その後、2026年3月23日に、燃料の調達目処が立ったことによる稼働再開がリリースされました。

このたび、重油の供給体制が整いましたため、3月23日(月)より工場の操業を再開し、
順次商品の供給を再開させていただく運びとなりました。
操業停止期間中は、皆様に多大なご不便をおかけいたしましたが、
再開に向けて多くのご理解と温かいお言葉を頂戴し、心より御礼申し上げます。 

なお、供給再開後もしばらくの間は一部商品において出荷量の調整が発生する可能性がございます。
安定供給に向けて全社を挙げて取り組んでまいりますので、
引き続きご理解賜りますようお願い申し上げます。 

【操業再開および商品供給再開のお知らせ】 2026/3/23 山芳製菓株式会社

ペルシャ湾からホルムズ海峡を抜けインド洋~マラッカ海峡と経由して南シナ海から日本に至るルートで輸送されていた日本の石油輸入量は全体の約7割(日本が輸入している中東産石油は全体の約90~95%に上ります)。普段意識していなかったボトルネックが一気に可視化され、しかも国内へのサプライチェーンへほぼ猶予なく影響を与えている状況です。

燃料だけじゃない、石油に頼る日本経済

石油から作られるのはガソリンや軽油などの自動車で主に使われる燃料が想像しやすいですが、他にも石油から作られる燃料としてはLPガス、灯油(→ジェット燃料にもなります)、重油(大型船の燃料や、ボイラーなど熱源としての利用)があります。

それらの燃料を精製する過程でもう一つ作られるものがあります。それがナフサです。ナフサは燃料としても使われますが一部は石油化学メーカに送られ、エチレンが作られます。これが合成樹脂(プラスチック)材料の原料になります。実に私たちが日常的に触れているものである食品の包装フィルム、ペットボトル、洗剤のボトル、車のバンパー、医薬品の容器など、そのほとんどがこのエチレンを原料とする合成樹脂からできています。「石油が止まる」とはガソリンが買えなくなることだけではなく、生活の中で欠かせないプラスチック製品が作れなくなることも意味します。

ホルムズ海峡封鎖から約3週間で、国内エチレン生産設備12基のうち半数が減産に入ったという報道があります。

ナフサを温存するため、国内に12基あるエチレン生産設備のうち少なくとも6基が減産している。

エチレン生産、5月以降焦点「4月は稼働維持」 中間材は値上げ相次ぐ 2026年3月24日 18:10(2026年3月24日 19:12更新) 日本経済新聞

石油化学工業協会は3月17日にこう述べています。

主要石油化学製品では国内需要の3カ月半から4カ月程度の在庫があるなど、
一定程度の在庫水準が確保されており、直ちに供給困難となる状況ではないと認識している。

ペルシャ湾情勢に関する石油化学工業協会コメント 令和8年3月17日
石油化学工業協会(JPCA)

これを「まだある」と読むか、「あと3〜4ヶ月しかない」と読むかで、見える景色が変わります。3月24日の時点で石油化学工業協会は4月は設備の稼働を維持できるとの見解を示しています。

石化協の工藤会長は「5月の連休明けに(稼働を)つなげられるように各社努力している」と述べた。
エチレン生産設備ごとに状況は異なるが全体としては4月中は稼働を維持できるとし
「今の状況では供給を絶やさないこと、稼働をどれだけ長く持たせられるかが最優先だ」と話した。

エチレン生産、5月以降焦点「4月は稼働維持」 中間材は値上げ相次ぐ 2026年3月24日 18:10(2026年3月24日 19:12更新) 日本経済新聞

他にも日本はLNGなどの輸入も中東に依存しています。ホルムズ海峡はまさに日本の生命線でありエネルギーのボトルネックだったのです。

製造業SCの更に上流に位置する素材SC・エネルギーSC

製造業は複雑に入り組んだサプライチェーン(SC)の上に成り立っています。現代の工業製品は専門技術を持つ多くの事業者が関与した多様な素材の組み合わせで構成されます。それらを上流から下流まで一社で完結することは現代では不可能です。特に加工方法は複数の方法を内製化できても素材の調達、更にはエネルギーの調達は国家戦略レベルの事業です。

素材サプライチェーン

今回の危機で可視化されているナフサから精製されるエチレン、更に下流で作られる合成樹脂材料は大規模に製造されることによってコストが下がり、一般に広く流通する程度には低いコストで製造されています。製品に使われる樹脂材料もそうですが、梱包材料や梱包資材に印刷するためのインクは一般消費者にとっては開封したら廃棄されるものなので(そのコストが製品価格に含まれているのは当然ですが)、コストを抑えたい要素でもあります。

大規模プラントは稼働率を一定に維持することでそのコストの安定と設備の維持を実現しています。このような大規模設備は常時稼働していることで生産物の品質が安定し、かつ設備の劣化が最小限で済みます。毎日定時が来たら設備を止め、朝出勤したら稼働させるというような使い方ができない設備です。つまり樹脂製品というのは一定の消費ペースと一定の製造ペースがマッチして安定稼働と安定流通が可能な製品なのです。下流に位置する樹脂製品を製造する成型加工なども稼働率の観点は重要ですが、プラントよりも稼働の変動に対応しやすいものです(その企業がそれでも採算が合うという意味ではありません)。樹脂材料は製品が安定して生産・利用され設備維持がされていることが国家として産業を維持する上でも非常に重要なのです。

エネルギーサプライチェーン

エネルギーサプライチェーンは更に重要です。石油・LNGなどの化石燃料が採掘できる場所は世界の中でも限られており、仮に採掘できても人が利用できるレベルに品質を上げるまでに非常にコストがかかり、採算が合わないケースも多くあり、その点に中東産の石油に依存してきた理由があります。

その一方で電気は化石燃料に依存しない発電が可能です。それらは原子力発電と再生エネルギーということになりますが、それぞれに長所と短所を持ちます。原子力は発電規模が大きいですが、一度運転を始めた原子炉は出力の急激な変更が困難で、電力需要に応じた柔軟な発電量変更ができません。また万が一の時のリスクが大きく、管理コストも大きくなります。再生エネルギーは万が一のリスクと影響範囲が小さく済みますが、発電規模が小さく発電量が安定しません。更にイラン情勢を踏まえて原子力発電を考えるのであれば、石油が足りなくなった、LNGが枯渇した(から発電量が足りなくなった)からと言ってすぐに停止している原子炉を稼働できるわけではないことも理解しなくてはいけません。

エネルギーはその原産地と内訳をどのように組むか、そのポートフォリオの構築そのものが国家における経済安全保障の根幹と言えるものです。

日本には何が足りなかったのか

上述のようにエネルギー、更にものづくりに必要な素材の調達は社会インフラであり国家戦略の要でした。その要が同盟国であるアメリカのある一つの動きによって脆くも崩れ去りました。これらの状況から、化石燃料調達の多角化、発電方法のポートフォリオ構築(とそれを満足するための技術開発)が不足していたということが明らかになりました。日本のシーレーン防衛の根幹は南シナ海・東シナ海に向いていたと思いますが、それがまさかもっと根元のホルムズ海峡で詰まることは、どの程度予想されていたのでしょうか。

2026年3月19日、英国が主導して欧州と日本が協調し、ある声明が出されました。

我々は、ペルシャ湾においてイランが非武装の商業船舶に対して行った最近の攻撃、石油・ガス施設を含む民間インフラへの攻撃、およびイラン軍によるホルムズ海峡の事実上の閉鎖を、最も強い言葉で非難する。
 我々は紛争のエスカレーションに深い懸念を表明する。我々はイランに対し、脅迫行為、機雷の敷設、ドローンおよびミサイル攻撃、ならびに商業船舶の航行を妨害するその他一切の行為を直ちに停止し、国連安全保障理事会決議2817を遵守するよう求める。
 航行の自由は、国連海洋法条約を含む国際法の下で確立された基本原則である。

ホルムズ海峡に関する英・仏・独・伊・蘭・日の首脳による共同声明(仮訳) 令和8年3月19日 外務省

声明に示されている「基本原則」はすべての国が守らなければいけないものとして認知されてきたものですが、今回の緊張状態に関与している国家はそれを認知していなかったのでしょうか。

現在の状況が示していることは、どんなに共通認識として持っていても、状況によってそれは無視されるという事実です。安全保障(=リスクヘッジ)は共通認識を守ることのみで成立するものではなく、それが守られなかった場合にどうなるか、それでも自国(=自分たち)は社会を維持できるのかを問われているということが今回認識されたはずです。

失われた30年と呼ばれた時代に、日本が本質的に失ってきたものは何だったのでしょうか。

かつて日本は世界を産業でリードし、世界人口に対して数十分の一という人口で、日本語という自国でしか語られない言語を通して確立した文化は、自国と自分たちの生活が、他国の情勢変化で簡単に変動してしまうという不安定さに取って代わられました。

この間に我々は何を生み出したのでしょうか。もしくは何を生み出すべきだったのでしょうか。それは政治のみで解消された物でしょうか。改めて日本に住む我々が胸に手を当てて考えるべきことではないか、改めて自らの足下を見直すべき時なのではないかと感じます。

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