ジャストインタイムは「誰かの負担」の上に成立していた

「ジャストインタイム(JIT)」は製造業における在庫管理・生産管理の理想形として長年語られてきました。下流の工場が「必要な時に、必要な量だけ」部品・素材を受け取れれば、在庫コストはゼロに近づき、生産効率は最大化される。「あなたが使うその製品は、リアルタイムで部品が納入され、品質が確認されたそれらが工程に投入されタイムリーに出荷されます」と聞くと、高度なシステムがよどみなく動いているように感じられるかもしれません。

しかし、下請けとして、受託製造にかかわる部品メーカが置かれた現実はどうでしょうか。

「XX日までに〇個追加でお願いします、すぐできますよね?」・・・材料の調達とか設備の稼働状況とか、こちらの都合は無視ですか?
「今月納品分に〇個不良があったので明日までに補填してください」・・・明日!?今から運送屋さんに頼んでも間に合わないよ…新幹線で手持ちで行かなきゃ…
「来月からその部品は作らなくていいです」・・・いきなり!?前持って言ってくれないの?来月から売上減っちゃう…どうしよう…
「△年前に納めて頂いた部品の必要書類、足りなかったのですぐに送ってください」・・・なんでその時言わないの?作ってた時ならすぐ準備できたのに。費用は?
「いつも1000個納めてもらってる部品、次は100個でいいや。いつもの1/10の値段でいいでしょ」・・・個数が変われば単価が変わるんですが?

受託製造をやっている企業はこんなものじゃないほど顧客からの要求に応じて対応してきた事でしょう。しかし、特に顧客である完成品メーカの工場が「組立に必要な部品がすぐ届けば在庫を持たなくていい」ジャストインタイムを実現するために、犠牲を払ってきたのは誰でしょうか。

そのようなケースにおいて、サプライチェーンは以下の様になります。

部品メーカ(部品製造)→(商社)→完成品メーカ(製品製造・組立)

需要の波動を吸収する「調整弁」が存在しなければ、サプライチェーン全体がわずかな需要変動によって揺さぶられ続けることになります。部品メーカも完成品メーカも、生産工程を持つため生産リードタイムという量産開始後はほぼ調整できない固定タスクがあります。そのため、各メーカに調整弁の役割を担えというのはかなり難易度が高い相談になります。その様な場合、間に入る商社の仕事の一つが、まさにその調整弁です。

商社がJITをやってはいけない理由

サプライチェーンの構造を単純化すれば、上流に部品メーカ、中間に商社・卸、下流に完成品メーカ(組立工場)という流れになることは先ほど説明しました。ここで「商社がジャストインタイムを実践する」、すなわち商社が在庫を持たず、下流から来た注文に応じて部品メーカに注文を流すだけの存在になるとどうなるでしょうか。

下流の完成品メーカは自分達の生産量に応じて欲しい分を要求します。商社はそれをそのまま上流の部品メーカへ発注します。事前に提出されている生産計画に則った物であれば問題はないでしょう。しかし繁忙期に増産分を日程が逼迫しながら要求した場合どうでしょうか。もし間に入る商社が在庫を持っていなければ、結果として需要変動の波がそのまま部品メーカに直撃します

部品メーカの生産リードタイムは、基本的にいきなり大きく変化させることはできません。設備・機械を動かすには立ち上げ時間がかかり、生産量の増減には慣性が伴います。既に所定の個数分作ったら段取りを変えてすぐに違う仕事に取り掛からなければいけないかもしれませんし、所定の生産分しか材料を調達していないかもしれません。急に「2倍作れ」「半分に減らせ」という要求に対応すること、特に増産への対応は、極めて困難です。もちろん突然発注数量を減らす減産も、部品メーカにとっては大きなリスクです。大きな減産の場合は、工程維持が必要であれば単価上昇を伴う可能性もあるでしょう(その交渉がどの程度できるかは別問題としてありますが…)。

この生産工程の慣性を無視した発注が続くとき、部品メーカは安定した生産計画が立てられなくなります。材料の調達計画も崩れます。稼働率が乱高下すれば、固定費の回収効率が悪化し、品質の安定にも影響が出ます。

本来であれば、商社はこの緩衝材(バッファ)としての役割を担うべき存在です。

下流の需要が落ちているとき、商社はある程度在庫を引き取ることで上流の生産量を一定に保ちます。下流の需要が伸びたとき、商社は手持ちの在庫を放出することで上流の増産要求を吸収します。この機能こそが、商社がサプライチェーンの中に存在する本質的な理由の一つであるはずです。

ところが「ジャストインタイム」の思想を商社まで実現しようとすることで、バッファとしての機能が失われ、部品メーカへの負担転嫁が構造化されてしまいます。

在庫は「コスト」ではなく「設計変数」である

「在庫はコスト」という発想は根強くあります。保管場所が必要で、管理コストがかかり、キャッシュが拘束される。これらはすべて事実です。しかし在庫を「削減すべき悪」として一律に扱う発想は、本質を見誤っています。

在庫はサプライチェーン全体のダイナミクスを安定させるための設計変数です。本質的に必要な在庫水準は、以下の問いによって決まります。

  • 上流の生産プロセスはどれだけ「重く」、どのくらいの変動吸収が必要か
  • 下流の需要変動はどのくらいの振れ幅・頻度で発生するか
  • 調達リードタイムはどれほどか(リードタイムが長いほど、安全在庫は増えます)
  • 調達先が突然使えなくなるリスクはどの程度か

これらの変数を踏まえたうえで、「最低限いくら持つべきか」「最大どこまで持てるか」「どの幅で調整するか」を設計するのが在庫管理の本来の姿です。それをせずに「とにかく在庫を減らせ」「組む分だけ在庫を持て」という思想だけで完成品メーカが調達を指示すれば、しわ寄せは必ず上流に向かいます。

物流の「しわ寄せ」はすでに表面化していた

上流の部品メーカへのしわ寄せと並んで、同じ構造的問題が物流の現場にも存在しています。

2024〜2025年にかけて問題が露出したトラックドライバーの労働規制問題は、その一端を可視化しました。長時間の荷待ち時間が業務時間にカウントされず、荷受け先の都合に合わせた柔軟な対応が慢性的に求められてきた物流現場の実態。これも、「コストを誰が負担するか」の不均衡が蓄積した結果です。

制度を変えれば実態が変わるかといえば、そんな単純な話ではありません。制度変更は実態変化のための条件であって、それだけで現場が変わるわけではありません。制度が実態に追いついていくプロセスには、時間と、現場レベルでの構造変更が必要です。

「しわ寄せは弱いところへ向かう」。これはサプライチェーンにおける一つの法則です。明示的にコストを負担しない存在が多いほど、そのコストは交渉力の弱い末端へと集約されていきます。部品メーカであれ、トラックドライバーであれ、この構造は同じです。

ホルムズ危機が問う「調達の自己点検」

中東情勢不安による今回のホルムズ海峡封鎖は、このサプライチェーンの問題をより根本的なレベルで問い直す契機となっていると考えます。

石油・ナフサの供給が滞ることは、プラスチック、化学薬品、燃料、すなわち製造業のあらゆる工程に影響を与えます。「原油が入ってこない」という事態は、単に「エネルギーがない」「燃料が高くなる」という話ではなく、「そもそも生産を継続できるか」という問いへと直結しています。

この状況下で各社が最初に問い直すべきは、「自社のサプライチェーンのどこが、何に依存しているか」です。

  • 使用している素材・原材料は、どこから来ているのか
  • その調達ルートに地政学的、その他構造的なリスクはどの程度あるか
  • 代替素材・代替サプライヤーへの切り替えは可能か、切り替えにかかるリードタイムはどれくらいか
  • 在庫水準は、調達途絶リスクを踏まえるとどの程度まで持つべきか

これらを把握するためには、まず業務が定型化・可視化され、在庫管理が適正化されていることが前提となります。

業務の定型化というと「効率化のための手順書づくり」のように聞こえますが、本質はそこにはありません。自社の業務フローが明文化されていなければ、品物の流れ・在庫の所在・コストの発生箇所が一覧できません。一覧できなければ、「どこにリスクがあるか」も「どこをどう変えるか」も判断できません。采配とは、全体が見えている状態で初めて可能になるものです。定型化はその「地図を作る」作業にあたります。

コストの「配り直し」という視点

もう一つ、直視すべき問題があります。コストの問題です。

しわ寄せを解消するということは、これまで誰かに押しつけていたコストを適切に負担し直すということです。物流コスト、部品メーカへの発注単価、在庫保有コストなど、これらが実態に即して計上されていなければ、サプライチェーン全体の健全性は保てません。

「売価を上げる努力ができるか」という問いはそのあとに来ます。売価とは、自社の製品・サービスの価値に対する市場の評価に他なりません。しかしその前段として、コストが正しく計上されていなければ、価値を正当に評価してもらう議論すら始まりません。なぜなら、現状での適正な利益率とコスト構造から導かれる価格が、市場における評価としての価格とマッチしているかすら確かめられないのですから。

自社のコスト構造のどこが実態とずれているか。その采配を取り直すことが、今の製造業に求められている問いの一つです。

サプライチェーン設計は「経営の中心課題」になった

かつてサプライチェーンは、調達部門や物流部門が管理する「バックオフィスの問題」として扱われることが多くありました。しかし今や、それは経営の中心課題です。どこから何を買うか、誰とどのように連携するか、どこにリスクを分散させるか。これらの意思決定が、企業の存続と競争力を直接左右する時代になりました。

加えて言えば、これは一社で完結できる問いではありません。自社のサプライチェーンは必ずと言っていいほど他社と接続しています。生産を委託する部品メーカ、中間の商社、下流の完成品メーカ、それぞれが「うちはうち、そっちはそっち」「うちが発注してるんだから言うことを聞け」という姿勢のままでは、全体最適は生まれません。

リスクの共有、在庫バッファの役割分担、価格転嫁の合意など、これらをオープンに話し合えるサプライチェーン上の関係性こそが、次の時代の競争力を作ります。そのための対話を、積極的に始める必要があります。

ホルムズ危機は、日本の産業が長年先送りしてきた問いを、一気に現実の問題として突きつけました。「政府が何とかしてくれる」でも「大手がなんとかするだろう」でもなく、自社のサプライチェーンを自分の目で点検し、設計し直すこと。それが今、すべての製造業関係者に問われています。

著者プロフィール

Takahiro Yoshida
Takahiro Yoshida株式会社コルプ代表 / QA+編集長 Founder & CEO, QUALP Inc. / Editor-in-Chief, QA+
2008年より精密機器メーカにて民生機器の製品開発における品質保証業務に従事。機械部品を中心としたハードウェアの保証業務5年、機器に搭載するファームウェアの品質保証を4.5年経験。設計部門と連携した開発プロセスからの品質向上、量産を見越した品質構築を実現する。ハードウェア経験も活かしつつソフトウェアの品質向上を実現し、開発会社と連携した担当機種で不具合の低減を達成。
2018年に株式会社コルプを設立、代表取締役就任。写真・映像などのPRコンテンツの製作と品質保証を中心とした業務改善で中小企業を支援。潜在的不良リスクの低減から不測のコスト増に対応できる組織構造の構築にノウハウを持つ。YouTubeチャンネル運用支援では顧客が自立してチャンネルを運用できるよう育成まで行う。業務改善支援では中小企業の30代中堅社員の業務管理方法の改善指導をした上、業務標準化を進めるなど管理面に関する支援を行う。
「判断と構造で、未来に舵を切る人のためのメディア」QA+を立上げ、編集長として各種コンテンツの製作・ディレクションを行う。

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