皆さんの実感の通り、日本の製造業は今、静かに、しかし確実に揺れています。

イラン情勢の緊迫化とホルムズ海峡の封鎖は、石油系材料の価格高騰を招き、アルミニウムや超硬工具に欠かせないタングステンといった鉱物資源の調達にも影を落としています。現場はすでに「節約モード」に入り、材料の仕入れを絞り、生産ペースが落ちている企業も少なくありません。

日々の業務を回すことで精一杯になっているとき、「戦略を考える」余裕など持てないというのが多くの現場の実感でしょう。しかし、それでもあえて言いたいのは、今こそ立ち止まって自社のビジネス構造を見直す機会だということです。危機は確かに痛みを伴います。同時に、平時には見えなかったことを鮮明に照らし出す力も持っています。ピンチはチャンスなのです。

今まであったものがなくなったとき、視点が変わる

「ピンチはチャンス」という言葉は安易に使われがちですが、今の状況に限っては、本質的な意味を持っていると感じています。

原油が安い時代には、再生材や代替素材への移行は後回しにされてきました。コストと手間がかかる割に、メリットが見えにくかったからです。顧客である完成品メーカも、再生材の使用を明確に禁止するケースもあります。そのような逆風に敢えて逆らって進まずとも、既存の材料で問題なく製品が作れている状況ではわざわざリスクを取って新しい素材に切り替えようとする動機が生まれにくかったはずです。それは当然環境的に合理的な判断でした。

しかし供給が不安定になった今、状況は変わります。木材配合プラスチックや、和紙のようなテクスチャーを持つデザイン素材など、これまで「面白いけど使いどころが難しい」と思われていた材料が、急に現実的な選択肢として浮上してきます。木材を一部配合したり再生材をしようしたりすることで、新規材料の調達量を減らし、資源の輸入量を抑えることができるのです(これは実は日本の財政的にも大きなメリットがあります)。国内で調達できる代替材料を探し、それを活かした製品設計に踏み込む動きが加速するとすれば、それは危機があったからこそです。

外から与えられた制約が、内からのイノベーションを呼び込むことがあるというこのような局面は、製造業の歴史を振り返れば何度もありました。戦中・戦後の資源不足が軽量・省材料の設計思想を生んだり、オイルショックが省エネ技術の革新を促したりしました。つまり「ないこと」が新しい発想の出発点になることがあるのです。今起きていることも、長いスパンで見れば同じ文脈に位置づけられるかもしれません。

もちろん、目の前の調達コストの上昇は現実の痛みです。しかし「今ある材料でどう乗り切るか」だけでなく、「これを機に自分たちの製品設計や調達構造をどう変えられるか」という問いを持てるかどうかが、この局面での分かれ目になると思っています。

受託加工の「構造的な限界」

もう一つ、今回の危機が照らし出したことがあります。それは、多くの中小製造業が抱えている「受託体質」です。

受託加工とは、突き詰めれば「発注者の仕事の手伝い」です。そこには、どうしても構造的な非対称性があります。価格決定権は発注元が握っており、受託している以上定期的なコストダウン要求を断ることは難しい立場に置かれます。材料費が上がっても、単価に転嫁しようとすれば取引を切られるリスクがある。「うちは良い仕事をしている」という自負があっても、関係性の構造上、価格は発注元が決めるものになってしまっています。仕方がありません。その発注元が最終的に販売する製品の売価と、発注元のコスト構造に全て依存してしまうからです。

設備の更新についても同じことが言えます。本来は自社で稼いだ利益を再投資して機械を入れ替えるべきところを、補助金がなければ設備投資が成り立たないという企業は少なくありません。利益率が低い受託事業を続けていると、内部留保が蓄積されず、外部の資金に頼るしかない構造から抜け出せなくなってしまいます。

そこにサプライチェーンの不安定化が加わると、ダメージが一気に大きくなります。材料費が上がっても販売価格に転嫁できない、体力がないから代替材料への切り替えに投資できない、リスクに対応する余裕が構造的に生まれないという悪循環が、今まさに顕在化しています。受託体質の限界は、平時にはゆっくりと進行する問題ですが、危機が来ると一気に加速します。

「値決めは経営」であり、「値付けは設計」である

では、どうすればよいか。一つの方向性は、自社で製品を企画・販売する「プロダクトアウト」への転換です。

受託で磨いた加工技術を、自社製品の中に埋め込む。これは言葉にすると簡単に聞こえますが、実際には「発想の転換」が必要です。受託加工では「発注者が決めた仕様をどう実現するか」を考えます。しかし自社製品では、「誰のどんな問題を解決するために、何を作るか」から始めなければなりません。技術的な能力は同じでも、考え方の起点が180度異なります。自社製品開発という視点に立つと、技術とは目的ではなく手段になるのです。

ただ、その転換を一気に果たす必要はありません。現在の受託を続けながら、自社製品の構想を少しずつ形にしていくことは十分に可能です。重要なのは、「価格を自分たちが決める製品を一つ持つ」という経験です。どれだけ小さなものでも構いません。値段を自分たちで設定し、買ってもらい、その対価を受け取る。その体験が、ビジネスの重心と自分の視点を少し変えてくれます。

また、完全なカスタム対応と標準化は、両立させることができます。顧客に対しては「要望に応える」という姿勢を維持しながら、内部では段取りをパターン化・様式化することで、利益が出る仕組みを設計する。「値決めは経営」と言ったのは稲盛和夫ですが、受託をメインにしてきた中小企業にとっては「値付けは設計(まだ値段をつけていない自社の技術とアイデアを製品として設計して値段をつけること)」なのです価格とコストの構造を自分たちで設計できるかどうかが、そのままあなたのビジネスの持続可能性を左右します。

小さなメディアが、背骨をつくる

もう一つの武器が、「メディア化」です。

自社の技術や考え方、商品情報などを体系的に情報発信することで、顧客から「専門家として包括的に相談できる相手」として認識されるようになります。営業しなくても、書いたものが営業してくれる。問い合わせてくる人がすでに「この会社に頼みたい」という意思を持って来る。それがメディアの持つ力です。

特に中小企業にとって、これは大きな意味を持ちます。大企業のように営業組織を持てるわけでも、広告に大きな予算を使えるわけでもありません。しかし、専門知識を言葉にして発信し続けることは、規模に関係なく誰でもできます。そして、その積み重ねは時間をかけて確実に資産になります。昨日書いた記事が、半年後に誰かの検索に引っかかり、そこから問い合わせにつながるかもしれないのです。

メディアの中核になるのは、経営者の哲学です。なぜこの仕事をしているのか、何を大切にしているのか、その問いに誠実に向き合い、言葉にして積み上げていくことこそが会社の「軸」となり、取引先との関係性の質を変えていきます。「私たちはこういう考え方で仕事をしている」という姿勢が伝わったとき、単価交渉の場面でも対等に話せるようになっていきます。

AIを活用して下書きを作る、音声入力で話したことを記事にする、といった効率化の手段は今や誰でも使えます。書くことへのハードルは確実に下がっています。ただし、最終的な価値判断には人間が関わり続けることが重要です。GoogleもYouTubeも、「人が人に向けて語りかけるコンテンツ」を評価する仕組みは変わっていません。AIに任せきりにして量だけを増やしても、それは長期的には強さにならないのです。誰のために、何を伝えるかを考え続けることの方が、時間をかけて見れば圧倒的な差を生みます。

危機の中で問い直すこと

サプライチェーンの不安定化は、短期的には確かに痛みを伴います。しかし同時に、「自分たちはどんな仕事をしたいのか」「何で稼いでいくのか」を問い直す機会でもあります。

受託に依存した構造から抜け出すことは、一朝一夕にはできません。それでも、自社プロダクトを一つ持つこと、情報を発信し始めること、その小さな一歩から、ビジネスの重心は少しずつ変えられます。利益率の高い仕事を増やすことと、発信によって信頼を積み上げることは、実は同じ方向を向いています。どちらも「価格決定権を自分たちの側に取り戻す」という一点に収束するからです。

今の仕事をすぐに止めろと言っているのではありません。ピンチの中にある視点の転換。それが、今の製造業に最も必要なことかもしれないと思っているのです。今ある危機を前に、受け身で耐え忍ぶだけでなく、自分たちのビジネス構造を問い直すきっかけとして活かせるかどうか。それが、この先10年の製造業の姿を分けていくように思います。

著者プロフィール

Takahiro Yoshida
Takahiro Yoshida株式会社コルプ代表 / QA+編集長 Founder & CEO, QUALP Inc. / Editor-in-Chief, QA+
2008年より精密機器メーカにて民生機器の製品開発における品質保証業務に従事。機械部品を中心としたハードウェアの保証業務5年、機器に搭載するファームウェアの品質保証を4.5年経験。設計部門と連携した開発プロセスからの品質向上、量産を見越した品質構築を実現する。ハードウェア経験も活かしつつソフトウェアの品質向上を実現し、開発会社と連携した担当機種で不具合の低減を達成。
2018年に株式会社コルプを設立、代表取締役就任。写真・映像などのPRコンテンツの製作と品質保証を中心とした業務改善で中小企業を支援。潜在的不良リスクの低減から不測のコスト増に対応できる組織構造の構築にノウハウを持つ。YouTubeチャンネル運用支援では顧客が自立してチャンネルを運用できるよう育成まで行う。業務改善支援では中小企業の30代中堅社員の業務管理方法の改善指導をした上、業務標準化を進めるなど管理面に関する支援を行う。
「判断と構造で、未来に舵を切る人のためのメディア」QA+を立上げ、編集長として各種コンテンツの製作・ディレクションを行う。

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