製造業に就職し、品質保証という仕事をし始めた人は感じているかもしれません。それを体系的に学べる場所がどこにもない、と。

私がQA+を立ち上げたのは2019年のことですが、その動機はまさにそこにありました。9年半にわたって精密機器メーカーで品質保証に関わる中で、ずっと感じていた違和感。それは、この分野には「教科書」と呼べるものが存在しない、体系的に説明してくれるものがないという事実です。

製造業の中でも品質保証という業務領域は、少し不思議な立ち位置にあります。設計や生産技術のように、明確な体系や技術的アプローチがあるわけでもなく、かといって完全に属人的な経験知で成り立っているわけでもありません。ISO9001などの規格や業務上の手順書は存在しますが、それを読んでも「なぜそうするのか」という背景まではなかなか見えてきません。仕事を始めたばかりの若者ならなおのことです。仕事を始めた頃の私は、断片的な社内文書と先輩の口頭説明を継ぎ合わせながら、試行錯誤で業務を覚えていきました。おそらく、同じ経験をした方は少なくないはずです。

技術を知らずに、品質は守れない

かつて私の上司が言った言葉があります。

「技術がわからないのに品質は守れない」

この一言は、時間が経つにつれ理解が進むにつれ私の中で重い言葉になりました。それだけ品質保証という仕事の本質を突いています。検査や評価のオペレーションをこなすだけでは足りない、その結果を見て良し悪しを判断するだけでは足りないのです。材料の特性、加工のメカニズム、製品の原理など、技術的な背景を踏まえてはじめて、品質保証は機能します。

たとえば不具合が発生したとき、何が起きているかを技術的に理解できなければ、原因究明も是正処置も「形だけ」になりがちです。「チェックリストに追記した」「作業手順書を更新した」、そういった対処で済ませてしまうのは、現象の表面を撫でているだけで、根本には何も触れていないことが多いです。「報告書になぜなぜ5回を記載させろ」というような手間を増やし実際の現象の分析に基づかないアプローチが増えていきます。それが100%無意味というわけではないかもしれません。しかし、実際には技術的な背景への理解があってはじめて、「なぜその不具合が起きたのか」を本質から問い直すことができます。

ところが職場を見渡しても、その「技術としての品質保証」を学ぶためのリソースがほとんどありませんでした。実務で役立つ情報は先輩の頭の中にあるか、現場の空気の中にあるか、どちらかです。書籍も、ウェブ上のコンテンツも、断片的なものはあっても、体系的に整理されたものには出会えませんでした。学びたくても、学ぶための入口が整備されていない。それが、品質保証という職種が長年抱えてきた問題の一つだと思っています。

就職氷河期が生んだ「世代の断絶」

情報不足の背景には、構造的な問題もあります。就職氷河期の時代に採用が絞られたことで、多くの製造現場に世代のギャップが生まれました。ベテランの技術者と若手の間に、本来いるはずの中間層がいません。その結果、技術の伝承が難しくなり、コミュニケーションの断絶も起きやすくなってしまった職場は数多くあるのではないでしょうか。

中間層がいないということは、「先輩がやっているのを見て学ぶ」という従来型のOJTが機能しにくくなっているということでもあります。20代の若手が、いきなり60代のベテランの作業を見せてもらい、教えてもらってきました。私の場合は運よくかつて日本国内に工場が多くあった時代の職人さんたちがまだ現役で生産技術などの業務に対応していたことです。彼らの持つ洞察力と技術力に育ててもらいました。しかし、海外生産に多くの企業がシフトした後の日本では、そのベテランたちが退職していくことで、長年かけて蓄積されてきた技術知識や判断基準が、記録されないまま現場から消えていきます。

こうした状況の中で、「どこかに書いてあれば少しは違う」と感じてきた現場の人間は、私だけではないはずです。経験で語られるべきことが語られないまま失われていく。このままでは、日本の製造業が長年かけて培ってきた品質保証のノウハウが、静かに消えていくことになります。QA+は、そうした危機感を持った一人の実務者が、できることから始めたメディアなのです。

QA+が独立したメディアである理由

QA+は、私が代表を務める株式会社コルプの「公式ブログ」ではありません。意図的に、独立したブランドとして運営しています。

これは、一見すると遠回りな選択に見えるかもしれません。「会社のブログとして書けばいいじゃないか」と思われる方もいるでしょう。しかし、会社の広報媒体にしてしまうと、どうしても自社の利益や立場が情報に影を落とします。「うちのサービスを使えば解決します」という文脈からどうしても逃れられず、営業的気配がどうしても残ってしまいます。それでは技術を学びたいと思いながらQA+にたどり着き、記事を読む人に対して誠実ではありませんし、長期的には信頼を損なうことになるんじゃないかと思ったのです。

QA+が目指しているのは、品質保証の現場に立つ人間が、主観と客観を両方携えて書く媒体です。直接的に自社の宣伝にはならなくても、製造業に関わる誰かにとって「これは本当に役立つ」と感じてもらえる情報を届けること。その積み重ねがあってはじめて、媒体としての信頼が生まれます。そういう存在が、この国の「品質保証」という仕事には必要なのではないかと思ったのです。

コンテンツの柱は三つあります。一つ目は「事例と考察」。実際にあった事例に基づいたエピソードや考察です。現場でしか見えないこと、実物を動かしたからこそ見えることを書く場所です。時事問題から派生する課題などもここで扱います。二つ目は「事典」。一般的な定義に独自の視点を加えた用語解説です。教科書的な定義をそのまま転記するのではなく、「実際の現場でこの言葉はどう使われているか」「どういう文脈で意味を持つか」「本質的にどのような意味を含むか」という視点を加えることで、読んで腹落ちする解説を目指しています。三つ目は「概念論」。実際の現場から拾い上げたケーススタディを元に、私が考えていることをご説明しています。抽象的な原則論ではなく、具体的な文脈の中で何が起きたか、それをどうとらえるべきかを、読んだ人が自分の現場に引き寄せて考えやすくなるように書いています。

「客観性」と「当事者性」、この二つを手放さないこと。それがQA+の編集方針の根幹です。

発信し続けることで見えてきたこと

QA+を続けてきた中で、当初は想定していなかったことが起きています。記事が製造業に携わる方々に読まれ、一部の記事が企業の社内で共有され、複数の担当者に読まれているらしいことが、アクセス解析のデータから見えることがあります。

書いたものが、自分の手を離れて誰かの現場に届いている。その感覚は、単純に営業活動をするのとは質の異なる手応えです。私の発信を読んでもらえていると思った時、その読者の中に何らかの考えや思いが湧いたのだとしたら、著者としては多大なる喜びです。

情報を発信し続けることで見えてきたことがあります。メディアを持つということは、単に記事を量産することではない。経営者の思想を言語化する行為であり、それが会社の軸になる、ということです。何を大切にして、何のために製造業にアプローチし続けているのか。その問いに向き合い続けることが、QA+というメディアを続ける理由でもあります。

どんな規模の会社であっても、発信する言葉が積み重なれば、それは会社の「背骨」になります。背骨があれば、どんな方向から声をかけられても、自分たちがどこに立っているかを見失わずに済む。QA+はそういうメディアであり続けたいと思っています。

著者プロフィール

Takahiro Yoshida
Takahiro Yoshida株式会社コルプ代表 / QA+編集長 Founder & CEO, QUALP Inc. / Editor-in-Chief, QA+
2008年より精密機器メーカにて民生機器の製品開発における品質保証業務に従事。機械部品を中心としたハードウェアの保証業務5年、機器に搭載するファームウェアの品質保証を4.5年経験。設計部門と連携した開発プロセスからの品質向上、量産を見越した品質構築を実現する。ハードウェア経験も活かしつつソフトウェアの品質向上を実現し、開発会社と連携した担当機種で不具合の低減を達成。
2018年に株式会社コルプを設立、代表取締役就任。写真・映像などのPRコンテンツの製作と品質保証を中心とした業務改善で中小企業を支援。潜在的不良リスクの低減から不測のコスト増に対応できる組織構造の構築にノウハウを持つ。YouTubeチャンネル運用支援では顧客が自立してチャンネルを運用できるよう育成まで行う。業務改善支援では中小企業の30代中堅社員の業務管理方法の改善指導をした上、業務標準化を進めるなど管理面に関する支援を行う。
「判断と構造で、未来に舵を切る人のためのメディア」QA+を立上げ、編集長として各種コンテンツの製作・ディレクションを行う。

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