現代の「働き方」をめぐる議論は、しばしば「何をすべきか」という答えを求める方向に流れがちです。しかし本当に問われるべきは、「なぜ働くのか」「何に没頭できるのか」という、もっと根本的な問いではないでしょうか。

産業構造が大きく変化し、AIが日常の業務に入り込んできた今、個人のスキル形成やキャリアの考え方も根底から見直す時期に来ています。本記事では、製造業の現場という文脈から、働くことの本質を改めて考えてみます。

“安定した雇用”という神話の崩壊

第二次世界大戦以後、日本の社会では「正規雇用に就くことが人生の安定を保証する」という前提が広く共有されていました。しかし90年代のバブル崩壊、就職氷河期、リーマンショック、そして東日本大震災とコロナ禍…数多くの難局を経た現在、その前提はもはや機能していません。

特に製造業においては、大規模なプロジェクトを長期安定雇用のもとで動かすというモデルが、TSMCのような巨大企業を除いて維持困難になりつつあります。産業構造は「プラットフォームによる極大化」と、ギグワークや短期契約に代表される「雇用の極小化」との二極化が進んでいます。

また「雇われても教えてもらえない」という状態が、近年の日本企業の職場では広がっています。それは特にポストコロナの職場で顕著になり、リモートワークの普及と人材育成コストの削減が重なり、個人は組織に依存することなく、自律的にスキルを獲得していかなければならない時代に突入しています。この変化は、単なる「働き方改革」ではなく、キャリア形成の哲学そのものの転換を求めています。

「自分探し」をやめて「隙間探し」を始める

こうした状況のなかで重要になってくると思われるのが、「隙間探し」という視点です。

「自分探し」という言葉は、1990年代以降の日本社会に広く浸透しました。しかしこれは本質的に、自己のアイデンティティを確立することを労働の目的に据える発想です。対してここで言う「隙間探し」とは、世の中に散らばっている欠陥や未充足のニーズを見つけ、それを埋めることに自分の活動を接続するという発想です。

特に注目すべきは、「見捨てられた工程」への視点です。儲からないから、面倒くさいから、自動化が難しいから。そうした理由で誰もが避けてきた工程の中に、じつはクリエイティビティと潜在的な富が眠っているのではないでしょうか。たとえば食器洗いの自動化は、飲食業や食品加工の現場では同じ形の食器が多く比較的早く対応されてきましたが、家庭用の食洗器は多様な器の形状や素材の問題から徐々に製品化が進んできた領域です。こうした「取り組みにくい領域」の中に、次のビジネスの種が潜んでいるのではないでしょうか。

同様の発想は営業手法にも適用できます。ネット広告が飽和しクリック単価が高騰するなかで、ポスティングやFAX、DM、チラシを手配りするといったアナログで泥臭い手法が、相対的にコストパフォーマンスが高いかもしれません。洗練されたデジタル施策が当たり前になった時代に、あえて「ドブ板」を選ぶことが、差別化の論理になり得るということもあるでしょう。

AIは「暗黙知」と「普遍的な知」をつなぐメディアである

AIの登場は、個人のスキルや創造性をめぐる議論に大きな影響を与えました。AIを単なる効率化ツールとして捉えるだけではその本質的な役割を見誤ります。より正確には、AIは「暗黙知と普遍的な知をつなぐメディア」として機能すると考えられます。

現場で長年働いてきた人材には、言語化しにくい感覚的な知識、いわゆる「暗黙知」が蓄積されています。加工の出来栄えをわずかな変化から察知する感覚、不良の予兆を読む目、プロセスのどこに無駄があるかを見定めることができる直感的な力。こうした暗黙知を可視化する取り組みは過去に幾度も試されました。マニュアルに書く、研修で教えるなどの手法は様々な企業で試されてきたと思います。しかし、どうしても個人の認知によって得られる技術や知識、マニュアルに書ききれないノウハウがどうしても残ることは皆さんも経験しているのではないでしょうか。

この暗黙知をAIとの対話に持ち込むことで、自分でも気づいていなかった繋がりが顕在化する可能性があります。AIは人類の知識体系の「最大公約数」に接続されているため、個人の経験と人類の知の構造を橋渡しする役割を果たせるかもしれません。

ただし、AIから質の高い出力を得るためには、入れ込む情報の質と粘り強い対話の継続が不可欠です。プロンプトを一度投げて返ってきた答えで満足するのは、実験を一回やって結論を出すようなものです。試行錯誤の回数と問いの精度が、AIを使いこなす能力の本質だと言えます。

セキュリティの問題も重要です。自社が独自に確立した技術のノウハウを、LLMの無料アカウントに入力してしまうことはLLMの学習データに供されることを認めるということであり、自社の情報漏洩につながってしまいます。企業として活用できるAIを導入し、学習データとして使わせず、自分たちの思考のブラッシュアップに活用できる構造を作ることが必要です。

一方で、AIには越えられない壁もあります。それは「原始的なエネルギー」です。AIが生成するビジュアルや文章は、2025年から実用に供するにも全く不自然ではない質と洗練された整合性があります。その反面、見る者を揺さぶるような生々しい迫力が欠けています。一方で人間の思考からは支離滅裂に見えるアイデア、恥ずかしくて人には言えないキーワード、非常識な発想の組み合わせという、一件整合性や合理性からは乖離したアウトプットが発生することがあります。こうした人間の「野性的な創造性」こそが、AIとの最も重要な差別化要因になってくると思います。

組織は「管理する場」ではなく「孵化させる場」へ

産業構造の変化と個人の自律化が進む中で、組織のあり方も根本的に問い直されています。従来の管理者像は、目標を設定し、進捗を管理し、問題を解決する「答えを持つ人」でした。しかしこれからの管理者に求められるのは、部下に対して「良い壁打ち相手」になることかもしれません。答えを与えるのではなく、問いを立てることを促し、対話を通じて個人の想像性を引き出す存在。これが次世代の管理者像です。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、「何をすればいいですか」とすぐに正解を求めるマインドは、組織の創造性を蝕みます。自動機の開発現場では、常に図面が変わり続け、正解がないまま試行錯誤を続けることが日常です。この「不定形のプロセスを楽しむ力」こそが、変化の激しい産業環境で組織を生き残らせる基盤になっているのではないでしょうか。

純粋経験という最強の武器

最終的に個人のスキルやキャリアを支えるのは、資格でも肩書でもなく、「没頭できる体験」そのものです。哲学者・西田幾多郎が提唱した「純粋経験」という概念があります。主観と客観の分離が消え、自己と対象が一体化する体験のことです。いわゆる「ゾーンに入る」状態、心理学者チクセントミハイが言う「フロー体験」がこれにあたります。自分が何に没頭できるのか、何に夢中になれるのか、それを知り、信じることが、AI時代における最強の「自己自身」の確立につながります。

また、技術士(Professional Engineer)の試験が象徴するような「実践性と広範な知識を兼ね備えた現場の知」は、アカデミックな博士号(PhD)とは異なる質の高い知性として、もっと評価されるべきものです。製造業の現場で積み重ねられた経験知は、論文になることはなくても、社会を動かす力を持っています。

おわりに:「働くこと」の本質へ

最終的には、社会的な評価軸や「正解」に囚われず、目の前の仕事に没頭し、隙間を見出し続けること、これが現代における「働くこと」の本質ではないでしょうか。

AIが普及し、雇用構造が流動化し、産業の形が変わり続けるこの時代に、個人が頼れるのは「自分が何に没頭できるか」という一点かもしれません。そして組織は、その没頭を管理しようとするのではなく、育てる場所へと進化していく必要があります。

製造業の現場で働くすべての人が、自分なりの「隙間」を見つけ、純粋経験の瞬間に出会えることを願っています。

著者プロフィール

Takahiro Yoshida
Takahiro Yoshida株式会社コルプ代表 / QA+編集長 Founder & CEO, QUALP Inc. / Editor-in-Chief, QA+
2008年より精密機器メーカにて民生機器の製品開発における品質保証業務に従事。機械部品を中心としたハードウェアの保証業務5年、機器に搭載するファームウェアの品質保証を4.5年経験。設計部門と連携した開発プロセスからの品質向上、量産を見越した品質構築を実現する。ハードウェア経験も活かしつつソフトウェアの品質向上を実現し、開発会社と連携した担当機種で不具合の低減を達成。
2018年に株式会社コルプを設立、代表取締役就任。写真・映像などのPRコンテンツの製作と品質保証を中心とした業務改善で中小企業を支援。潜在的不良リスクの低減から不測のコスト増に対応できる組織構造の構築にノウハウを持つ。YouTubeチャンネル運用支援では顧客が自立してチャンネルを運用できるよう育成まで行う。業務改善支援では中小企業の30代中堅社員の業務管理方法の改善指導をした上、業務標準化を進めるなど管理面に関する支援を行う。
「判断と構造で、未来に舵を切る人のためのメディア」QA+を立上げ、編集長として各種コンテンツの製作・ディレクションを行う。

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