
8割超の原油がホルムズ海峡経由
ホルムズ海峡の封鎖が続いています。アメリカ・イスラエルとイランの対立を背景とした今回の事態は、ご存知の通り日本の資源・エネルギー供給に深刻な影響を及ぼしています。日本の原油輸入の大部分は中東に依存しており、その中東からの輸入のほとんどがホルムズ海峡を経由します。日本の原油輸入の94%が中東依存、ホルムズ海峡経由の輸送が93%となっています(資源エネルギー庁: 中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応 https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/energysecurity/)。つまり、日本が使う原油の8割以上がホルムズ海峡というただ一点を通過していることになります。
現状は、備蓄の放出によって一時的に需要を補っている状態です。政府の発信は総じて楽観的なトーンを維持していますが、経済産業省が開示しているデータを見れば、通常通りの使用量を維持すれば将来的に不足が生じることは明白です。節約・使用量制限が実質的に必要な状況であり、エネルギー供給の状況によっては物流などインフラ停止のリスクも否定できません。楽観的な対外発信と、データと原材料の調達状況が示す実態の間には、明確な乖離があります。
他地域からの代替調達の手配は進んでいます。しかしホルムズ封鎖が続く限り、この不足は「一時的な混乱」ではなく、構造的な制約として日本の産業にのしかかります。
「安く買えていた」のはなぜか
燃料だけでなく、原材料レベルでの影響も深刻です。日本のプラスチック産業は、ナフサのクラッキングによってエチレンを生産することを前提として成り立っています。ナフサは原油から精製されます。ナフサ由来の製品が広範囲に行き渡った結果、そのボトルネックが詰まったことによって国内生産の多くの材料が手に入らなくなっています。
2026年4月末現在、住宅設備製品や材料の不足が叫ばれていますが、それだけではありません。医療品、工業製品、日用品の多くが日本ではナフサから作られます。ナフサからは芳香族と呼ばれる化合物も作られており、これらは医薬品や香料・添加物など、人の口に入る物まで作られます。これを日本人は普段どの程度認識していたでしょうか。
日本では主要なプラスチック材料の原料となるエチレンはナフサから生産していましたが、実はエタンからも作ることができます。実際にアメリカではシェールガス由来のエタンを元にエタンクラッキングによってエチレンを作っています。ではなぜ日本はこれほどまでに「ナフサ由来のエチレン」の一本足打法に依存し続けたのでしょうか。
理由の一つは明確です。中東からの原油は比較的安価で安定供給が長く続いたことです。安定して安く買えるルートがある以上、後工程である精製設備は中東産原油に最適化されました。その結果、代替プロセスへの投資は正当化しにくくなります。設備投資には巨額のコストがかかり、既存の生産体制の変更はリスクを伴います。当時の個々の企業の意思決定としては合理的だったかもしれませんが、今となってはそれにより稼働停止せざるを得ない状況です。新規投資をするにも、仮にホルムズ海峡が解放されたらまた中東産原油が入ってきます。別の仕入れ先を前提にした設備を稼働させ続け、元を取ることはかなり困難になることは明白です。
ただし、「安さ」だけが理由ではない点も知っておく必要があります。 ナフサクラッキングはエチレン以外にも、プロピレン・ブタジエン・ベンゼンなど多様な基礎化学品を同時に得られます。日本の石油化学コンビナートはこの「連産品」を川下産業へ供給することで成立しており、エタン専業のクラッキングでは、それらが得られないというトレードオフが存在します。転換が難しかったのは、怠慢だけではなく産業構造上の理由もありました。
しかしそれを踏まえた上で、もう一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。「転換が難しいのはわかっている。では、その両面のリスクを正面から直視して、日本社会への物資の安定供給を目標として対策を積み重ねてきたか」という問いです。個々の企業レベルでは合理的だったとしても、産業全体・国家レベルで見たとき、それは「地政学リスクをコストとして計上しない」という判断でもありました。そのツケが、今になって一気に回ってきています。
LNGとの比較が示すもの
LNGについては、日本もオーストラリアやアメリカなど複数国からの輸入を行っており、原油ほど中東へ集中していません。それはなぜかといえば、石油ショック以降の調達先多様化の努力が、LNG分野では一定程度実を結んだからです。
また、アメリカはシェールガスの開発によって天然ガスが豊富に使えるようになった時期に、天然ガスから抽出したエタンを原料とするエタンクラッキングによるエチレン生産プロセスへの転換を進めました。このルートは中東依存度が低く、調達先の分散がしやすいという特徴があります。
上述のような事例があるにもかかわらず、日本の石油化学工業はナフサ依存から脱却できていませんでした。LNGの調達先多様化が進んだ分野と、ナフサ・原油依存が続いた分野。今回の打撃の集中先は、その差とほぼ重なっています。
「安さ」の裏に隠れていたリスクの正体
ここで視野を少し広げ、事業における他の状況を踏まえて考えてみましょう。「安く買えるから、そこに依存する」という意思決定は、エネルギーに限った話ではありません。部品調達、素材調達、物流コスト。製造業のサプライチェーン全体を通じて、この論理は働き続けてきました。そして購入する際に自らの思う通りにならなかった時、我々はこう言ってきました。「お前の代わりは、いくらでもいる。」
中国への生産集中も同じ構造です。人件費が安い、インフラが整っている、生産能力が大きい。だから集中させました。しかし米中対立やパンデミックなど、想像もしていなかった理由からサプライチェーン分断が顕在化したとき、その「安さ」がいかに地政学リスクと表裏一体だったかが明らかになりました。
日本の製造業は今、複数の「依存の代償」を同時に払わされている局面にあります。
エネルギーの中東依存。原材料の特定産地依存。生産の海外集中。物流の特定ルート依存。これらはそれぞれ独立した問題ではなく、「目先のコストを最小化する」という同じ論理から派生した、一つの大きな脆弱性の断面にすぎません。
代替素材とリサイクル——「作り直す」視点
では何をすべきでしょうか。マクロな話として、いくつかの方向性を整理しておきます。
①原材料の調達ルート・素材の多様化
プラスチック製造については前述の通り、ナフサ一本足からの脱却(もしくは別地域からのナフサ調達)が中長期的な課題となります。技術的なトレードオフがある以上、「ナフサをやめてエタンに切り替える」という単純な話ではありませんが、調達先の地理的分散、代替ルートの開拓、バイオマス原料の活用、再生材の利用など、選択肢を広げる努力は続けられます。
その中でもより即効性があり、かつ資源循環の観点からも有望なのがリサイクルの高度化です。現在、日本のプラスチックリサイクルには燃焼させることで熱エネルギーとして活用する「サーマルリサイクル」が含まれていますが、これは欧州ではリサイクルとして認められていません。燃やして捨てているに等しいという批判は的外れではありません。
新規プラスチック材料の生産量を実質的に削減するためには、ケミカルリサイクル(化学的に分解して再利用)やマテリアルリサイクル(素材の状態で再利用)を本格的に拡大していく必要があります。コストと技術の両面で課題は残りますが、調達リスクと並べて考えれば、その投資対効果の評価は変わってきます。すでに国内にあるどころか、どこも掘ることなく、我々の日常から手に入る原材料です。
②木材・国内資源の活用
日本において、木材の工業製品への活用は繰り返し議論されてきたテーマです。国内には住宅建材として植林されたものの、採取されず放置された山林が数多くあります。それらを管理し、資源としての木材を採取・植栽することで数十年スパンで活用可能な資源となります。
樹脂部品メーカなどでは再生材の活用と合わせて天然資源を配合することによってプラスチック材料の使用量低減と、見た目や触り心地などの風合いの両立という形で社会的価値を部品に吹き込む取り組みをしている企業があります。
原材料調達の地政学リスクが顕在化した今、木材活用は改めて真剣に検討する意味がある技術と言えるでしょう。国内調達できる素材の比率を上げることは、コスト以上の価値を持ちえます。
③都市鉱山・レアメタルリサイクル
半導体・電子部品に欠かせないレアアース・レアメタルの多くは、特定地域への依存度が高い状況です。すでに市場に出回っている機器・製品から材料が含まれる基板や電池などを回収・再利用する「都市鉱山」の活用は、資源安全保障の観点から一層重要性を増しています。各自治体では使用済みの電子機器や家電を回収する取り組みが始められています。
使わない機器はそのまま中古品として売却することもできますが、今後使用することもない、壊れていて使えない機器などは、そのような回収フローに還元することで、また新しい材料となり、またあなたの手元に戻ってくるかもしれません。
今こそ、社会の「設計図」を書き直す時
今回のホルムズ海峡封鎖という危機は、突発的な天災ではありません。地政学的な緊張の高まりは何年も前から続いていました。それでも日本は「安く買えるから」という合理性の中で、依存を深め続けました。そこに「まさかそんな危機が起こるはずなんてないよ」という慢心はなかったでしょうか。
この問題は世界を大局から見た時に発生する課題であり、普段の生活者や労働者としての目線からは全く想像もつかない事ばかりです。そういう時我々はつい「政府が対応すべき話」として切り離してしまいます。しかし、それはあまりに視野が狭いと言わざるを得ないのではないでしょうか。エネルギー政策や外交は確かに国家レベルの話ですが、「どこから、何を、どのように調達するか」の意思決定は、各企業・各工場・各現場レベルでも毎日行われています。現に、代替調達先を探したりそこに船を仕向けているのは石油元売り等の商社です。
翻って、自分の足下を見直しましょう。自社のサプライチェーンのどこに地政学リスクが潜んでいるか?調達先を変えるとしたら何が必要か?またどこが新規調達先候補になるのか?代替素材・代替プロセスへの転換を検討したことがあるか?自社の工程の何が代替可能か?
こうした問いに向き合わなければいけないほどの危機が、今私たちに迫っています。これは単なるコスト管理の話ではなく、日本の産業構造そのものを作り直すための問いです。
ホルムズ海峡封鎖は、私たちが長年先送りにしてきた問題を、一気に我々の眼前まで引き付けました。その意味では、ものすごく高くついた「授業料」です。しかしその授業料を払った以上、今、学ばなければ意味がありません。
著者プロフィール

- 株式会社コルプ代表 / QA+編集長 Founder & CEO, QUALP Inc. / Editor-in-Chief, QA+
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2008年より精密機器メーカにて民生機器の製品開発における品質保証業務に従事。機械部品を中心としたハードウェアの保証業務5年、機器に搭載するファームウェアの品質保証を4.5年経験。設計部門と連携した開発プロセスからの品質向上、量産を見越した品質構築を実現する。ハードウェア経験も活かしつつソフトウェアの品質向上を実現し、開発会社と連携した担当機種で不具合の低減を達成。
2018年に株式会社コルプを設立、代表取締役就任。写真・映像などのPRコンテンツの製作と品質保証を中心とした業務改善で中小企業を支援。潜在的不良リスクの低減から不測のコスト増に対応できる組織構造の構築にノウハウを持つ。YouTubeチャンネル運用支援では顧客が自立してチャンネルを運用できるよう育成まで行う。業務改善支援では中小企業の30代中堅社員の業務管理方法の改善指導をした上、業務標準化を進めるなど管理面に関する支援を行う。
「判断と構造で、未来に舵を切る人のためのメディア」QA+を立上げ、編集長として各種コンテンツの製作・ディレクションを行う。






