日本人に足りないのは “Trust, but Verify” かもしれない

筆者は社会人になってから一度大学院に入学していまして、“Trust, but Verify(信ぜよ、されど確認せよ)”はその講義の中で聞いた言葉です。それが何の講義だったかは記憶が定かではないのですが、経営者から従業員に対して仕事などの取り組みの中で使われると聞いた記憶があります。「あなたのことは信頼しているよ。でも、だからこそ確認はさせてもらうよ」という風に言うような事がある、との事でした。

私はこれを聞いた時に「あぁ、外注先の会社さんにお仕事をお願いする時や工程監査などに伺う時、自分もそんな気持ちだったなぁ」と思った記憶があり、それからずっと頭の中から離れない言葉です。

そのことを、サウスピークという英語学校のインタビューを受けた際に答えたことがあります。

–品質保証部の方から確認されるということは、責められているかのような感情を抱かれることはありませんか?

そのような感情をいだかれる方もいらっしゃいます。

ですので、こちら側が信頼していることを伝えることが大事だと思いました。海外では「Trust, But Verify」(信ぜよ、されど確認せよ)という言葉があると聞いたことがあります。相手に対して「あなたと一緒に仕事をしたい」「あなたには一定の技術力があることを評価している」と信頼を伝えること、その後に認識の齟齬を確認していく、という順序が必要です。

相手は、別の会社であれ、別部署であれ、自分たちの製品を作ることに協力してくれている仲間です。良い製品を作り、広くお客様へ届けて、使っていただくことで価値を社会に広めることが目的であることを忘れることはありません。

信ぜよ、されど確認せよ。品質保証の経験者に聞いた目的を実現するための仕事術 , サウスピーク(https://souspeak.com/ks/hinsho-shigoto/),引用日:2019/10/3

・もともとはロシアのことわざ

改めてこの言葉を簡単に検索してみたら、元はロシアのことわざだそうです。

Trust, but verify (Russian: Доверяй, но проверяй; Doveryai, no proveryai) is a Russian proverb. The phrase became internationally known in English when used by President Ronald Reagan on several occasions in the context of nuclear disarmament discussions with the Soviet Union.

Trust, but verify , Wikipedia,(https://en.wikipedia.org/wiki/Trust,_but_verify),引用日:2019/10/3

「アメリカのロナルドレーガン大統領がソ連との非核化協議の中で度々引用していることから国際的に知られた」とあります。

どういう経緯で元の言葉がことわざと言われるほどに頻繁にロシアで使われるようになったのかはわかりませんでしたが、国際的に使われるようになったのはいつ実弾を交えることになってもおかしくない東西冷戦下の非核化協議です。その経緯は、どう考えても和気あいあいとした穏やかな雰囲気ではなさそうです。

当時のアメリカとソ連は、お互いのバランスを崩さないようにただいつ攻められても対応できる戦力を残しながらギリギリの交渉を進めていたと思います。「信頼しているよ」と言いながらその心境はものすごく大きな恐怖心と、かついつ何らかの決断を下す必要が出てくるか分からない緊張感を伴うものだと思います。

・製造業の受発注関係も緊張感を伴うもの

筆者がその言葉を聞いた時、その「信頼している」と表明しながらも「だけど確認はさせてもらうよ」という強さ、「その信頼を実際の形として見せてほしい」と表明する意志が、実は製造業における受発注関係にも求められているし個人的には相手先企業に求めていたことだったなと思い至ったのです。

文化や習慣の違いを前提としたコミュニケーションこそが他社を巻き込むプロジェクトチームに必要な考え方です。

Vol.39 ITプロジェクトこそ、”trust but verify”(信ぜよ、されど確認せよ) , スフィアシステムコンサルティング株式会社,(http://sphere-sc.co.jp/column/2350.html),引用日:2019/10/3

同じ言葉をテーマにコラムを書かれていたIT企業がいらっしゃったので、そのコラムから引用させて頂きました。

そもそも自分にできないことだからこそできる人にお願いする意味があるわけですから、この考え方は外注先と取引する時に絶対に必要な考え方です。

しかしここで相手先企業と積極的にコミュニケーションをとる人はどの程度いるでしょうか。加工屋さんに部品の加工を依頼した時、「頼んだ先に細かいことを聞くのは失礼じゃ…」とか「図面も出したし頼んだんだからいちいち細かいこと言わせないでちゃんとやって来てくれよ」とか思ったりしていませんか?

受託事業を営んでいる会社さんでは発注後何も聞いてこないし確認もしてこないで、品物を納めた時に文句を言われた経験のある方はいらっしゃいませんか?または明らかに知らなさそうなのに知ったように言ってくるなぁと感じたことや、コスト面で有利になりそうな施策が講じられていない図面などが顧客から送られてきたことなどはありませんか?

製造業などの受発注関係でも、コミュニケーション上の緊張感があるんですよね。

・曖昧な点は必ず聞いて確認する習慣をつける

もしわからないことや曖昧な点があるのであれば必ず聞いて確認する習慣をつけることをお勧めします。受注する側であればこの部品が搭載される予定の製品が要求している性能はどの程度で、要求仕様や図面に書かれている内容が製品として妥当なものであるのかを確認してしまってもいいでしょう。図面が受け取れるということは機密保持契約は済んでいると思いますので、逆に業務上聞いてはいけない内容ではないと思います。聞いてはいけない内容なら相手先から「そこについてはお話しできません」と言われるはずですし。

発注側であれば、「自分はできないから頼んでるんだ」とか「頼んでるんだからちゃんとやれよ」とかではなく、頼んだ内容が理解されているか、実現のための道筋が立てられているかを確認する責任があります。その確認をしないまま出来上がったものを見て指摘するのは筋が違いますし、確認を怠った結果そのまま製品が納入されてしまえば修正が必要な場合もあり得ます。

発注するということは自分側にできない理由があることになります。時間的に自社の工程が空かないとか、自社にその設備がない、技術がないというケースもあります。特に設備や技術がなく自社でできない仕事であればわからないことや知らないことがあるのが当然です。であれば、相手側に質問する大義名分ができるのです。その大義名分を活用して、相手側に教えて頂き、勉強させてもらいましょう。その勉強は、必ず次回の発注に役立つはずです。

あえて大雑把なくくり方で書きますが、「日本人」は「行間を読む」ことや「空気を読む」ことを要求しがちです。また空気を読んでしまって、不思議に思ってもその場をやり過ごしてしまうこともあるでしょう。

その行間を読むことは、お互いが協力関係にあり、何らかの目的のために前に進まなければいけない開発の現場であれば、むしろない方がいいものかもしれません。

これからの未来のために、自分の状況を表明しためらわずに声を上げましょう。