新製品の販売環境を準備中です

2019年秋発売としている製品の販売と展示会出展や協賛のため、色々な作業をしております。製品の形態や梱包などはほぼ固まり、2019/10/23~10/25の期間で出展していたLink to Creativeでも2台ほど販売しました。

今行っている作業は以下のようなものです。

・販売サイト作り
・自社サイト内への商品ページ作り
・取扱説明書の更新
・サイト用写真の撮影

改めて自社での新製品のための画像やコンテンツを考えていると、本来誰に向けている商品か、どのようなチャネルで顧客にリーチするつもりかなど、普段お客様に問うている内容が自分に向かって来ていて考えさせられます。

ちなみに販売サイトの自社サイトの構成は、基本的に自社サイトに情報を掲載し、販売サイトにリンクする形にします。そしてお客様はそのどちらに先にアクセスしても情報を得られる形にします。製品ページと購入ページ双方に性能や仕様などを記載するか、片方にしてそのどちらかに記載してリンクするかなどは追って考えます。

販売サイトに使用するサービスは当面はSTORES.jpにしようと思います。国内でスト同様のサービスにBASEがありますが、1万円以上は月末の自動振り込みに対応していたり、英語記載などにも対応しているなど、オペレーションと今後の展開で比較的長期間使えそうに見えたのでSTORES.jpにしました。この辺りは登録時に利用規約やサービス内容をよく確認して選ぶといいと思います。またゆくゆくはAmazonでの小口販売なども利用しようと思っています。

今後販売を進めていく中で一番検討するべきは海外展開だと考えています。国内市場は縮小の一途なので、もはや国内を相手にビジネスできる期間はそう長くはないと考えていますので。

その場合はアリババなどのアジア圏に特化したサービスを利用するか、もしくはPaypaleBayを組み合わせるか、それぞれに出店するか、いずれかの方法が考えられます。これも追って調査と検討を進めるつもりです。

恐らく全世界規模だとeBayを優先した方がいいでしょう。そしてそれらで購入される場合は個人輸入の範疇になるので、各国の規制などのルールの影響を受けづらいというのもありますので、まずはそこで経験を貯めたいと思います。


それらを進めた結果、取扱説明書の内容充実がかなり重要なポイントになるかと思います。異なる文化を持つ人が同じ製品を使うとき、使い方の理解などに差が出る可能性があるので、「こんなことは言わなくてもわかるだろう」という前提に立つとかなり危険です。「日本人ならこれくらい当たり前だ」ということは、日本人以外は当たり前ではありません。そして日本人は現時点で世界の1/70しかいません。「当たり前」は全く当たり前ではなく、かなりのレアケースと捉えるべきです。

どこかのタイミングでテクニカルライティングの領域ができる人にご協力頂く事になります。そしてありがたいことにもうすでにご協力頂ける方が弊社(株式会社コルプ)には身近にいますので、まずはその方にご相談する予定でいます。


これらをすべてわかりやすく網羅するためにはイメージで見せることが重要です。そのための画像の意味や見せ方を、やはり今同時進行で検討しています。もともとビジネスとして顧客が使用する写真や映像を撮影してきましたが、自分が進めている事業の写真ともなると、何を撮ればいいかなど不鮮明な部分も多くあります。これはもう言い訳する余地もなく、自分が進めている事業に対する自分自身のイメージ不足ということですね。改めて顧客とコミュニケーションを取る時の勉強になっています。


これらの他にもアフターサービスの設定、顧客管理、返品の処理等考えることはまだまだあります。

まだこちらでは正確に商品の情報もお見せしていませんし、今後の販売のステータスと合わせて記事にしていきたいと思います。お待ちください。

「足りないものがある」と思うならそれはできるということ

今まで顧客からの発注に対して、材料を加工して納品してきた加工メーカが自社で製品を作り販売しようとするといろいろな壁に直面します。今まである会社に勤めていた方が新しい職種、職場に転職しようとすると、実際に内定を得るまでに多くの企業が要求するスキルとミスマッチがあることを実感します。

今までにやったことがないことをやろうとすれば絶対にそこには足りないことがあるはずです。そして、特にビジネスにおいてやりたいと思い実際に足りないことを痛感するのは新しい領域に手を出そうとする時だと思います。

筆者は今初めて自分の会社で企画した製品のリリースに向けて活動していますが、その過程で感じたはまさにことを今のタイミングで簡単にまとめておこうと思います。

・一番どうにかなるのは方法=技術

自社製品を売り出そうにもまずは企画を考えなければいけません。実は今進めている企画はある材料と出会えたことで発想したものでした。つまりその材料との出会いがなければ思いつかなかったものでした。シーズベース、プロダクトアウトから始まった企画と言えますね。

そしてその企画を思いついた私はメーカからもらったサンプルを使用して機能試作品を作りました。それを自社が出展するあるイベントでプロトタイプとして展示しました。

そうしたらそれを見たイベント参加者はかなりの確率で私の製品に目を留めました。足を止めて見るまではいかずとも、「あれなんだろう」という表情で見ながら通り過ぎたり、時にはプロトタイプの前で立ち止まり「へー」と言って立ち去る人がいたりしました。

その中の何人かは「これどうなってるんですか?」とか「これはなんですか?」と質問して下さり、「それだったら自分はこういう時に使いたいです」と、それぞれが想定した使用シーンの話をして下さいました。

企画は思いついただけでは実行を判断するだけの情報になりません。実際に市場にリリースした時のお客さんがいなければそもそもビジネスにならないのですから、企画を思いついたらその企画にお客さんが付くかどうか確認しなければなりません。私はそれを自分が出展するイベントで実施しました。

「お客さんがいるか分からなくて不安」であれば実際に探してみればいいのです。自分が思いついた企画が本当に自分が思ったニーズがあるかどうかを確認していなければそれはビジネスではなく趣味でしかありません。

一方でその企画を思いついて、お客さんがいるとしてもそれを自社が作れるか分からないというケースもあると思います。その場合はその機能がどのように構成されるのかを考え、それを何らかの形で形作るものがこの世の中にないのか、探せばいいのです。案外やってくれる人や企業がいると思います。つまり、実は思いついたことを実現するための方法(=技術的なこと)は、案外どうにでもなるのです。

方法論が問題になるのは実際にリリースした後、コストと工数(納期)が見合わないとか、品質を市販レベルにするのに要求される作業がものすごく難しくてコストも納期も圧迫してしまうとか言う場合です。これは単純に工程設計が甘いだけなので、リリースを公表する前に量産性確認をすればいいだけです。

ちなみに量産後に量産性不良で困る人のタイプは大体決まっています。全部誰かに任せて自分では手を動かさない人です。企画を考えたのがあなたなら、あなた自身が一度は必ず手を動かしてみましょう。実現可能かどうかすぐわかるはずです。

・プロダクトアウトかマーケットインか

一応簡単に説明しておきますと、プロダクトアウトとはシーズベースで製品開発を始めることです。製品や技術が先にあって、その活用先を考える企画の立て方です。中小企業、特に製造業の方が商品開発をするときはどうしてもこの形になりがちです。元手をあまりかけないようにするため、自社にある材料と機械で開発しようとするからです。

一方でマーケットインとはニーズベースです。使い手がいて、どういう時にどういう使い方をする道具を作りたいかで、商品企画をします。

個人的にはこのどちらかで迷う必要はないと思います。理由としては買い手がつく可能性が未知数の企画に対して元手を掛けたくないのは誰でも同じで、一方でユーザがいるかいないかはどこかのタイミングで必ずわかることだからです。

上に書いたように私自身最初は品物を見てアイデアが浮かびました。その後、機能試作品を人に見せたことで、そこで聞いた意見でマーケットがあることを理解しました。ちなみに買い手になりそうな業界は複数あることが分かりましたので、今後それぞれの業界に合わせてプロモーション戦略を立てなければいけないという状況にあります。

技術が分かるというのは大きな強みです。企画さえ思いつけば実現への段取りを構築するのは早いはずです。一方でユーザの存在を見つけられていないというのはビジネスとして致命的です。

・常に新しい世界を探しに行く

歳をとればとるほど職場と家の往復で日々が過ぎていくようになる人が増えます。これは仕方のないことですが一方で新しい世界に触れないと自分の技術が必要とされる世界が他にないのか見つけることができません。かといって、違う業界の見本市や展示会にいきなり出展したところで新規の顧客が付くとは限りません。既にある業界は特に国内の業界の場合は既存の企業で成立していて新規の参入が困難なことがほとんどです。

そんな中で新しい企画と新しい顧客を発見するにはもっと思い切って視点を変化させる必要があります。今まで何気なく帰っていた自宅、自宅で生活している家族の様子から何か家事で使える物が作れないかとか、自分の趣味に通じるもので何かできないかとか、業界から、場合によっては仕事からも視点を変える必要があるかもしれません。

しかし「そんな小さい商品では自社の売り上げ構成比率が変わらない」と言って新規事業に踏み出さない企業も多いのが現状です。でも考えてみて頂きたいのは、そもそもあるかどうかすら分からない市場に新しい製品を持っていくんですから、はじめから売り上げが立つことを期待する方が間違ってるはずです。何らかの動きを起こす方が先ではないでしょうか。

技術の不足の話、ユーザの発見、企画の見つけ方と3つに分けて大雑把に書いてみました。足りない、分からないということが分かってるなら十分にアクションを起こす理由になります。

それさえクリアできれば、先へ進めるはずです。

イベントの写真を自社のPRに使う

毎年、年一回開催されるあるイベントの撮影を担当させて頂いております。今年もそのイベントが終わり、納品も完了してほっとしたところです。

その写真はイベントの主催者が広報素材としてSNSやパンフレット、フライヤーにしたりするのですが、イベントの現場写真というのはいくつかの意味で撮影することが多いです。

  1. 当日の記録
  2. 今後のプロモーション用の素材
  3. 出演者へのサービス

1はご理解頂けると思いますが、「開催しました!」という形でSNSなどに掲載される写真ですね。参加者がみんな笑顔になっている集合写真などと合わせて投稿されるとそれなりにインパクトがあります。

3は意外かもしれませんが実際に要望があることもあります。今では講師がそれぞれご自身のSNSやWebサイトなどで発信されることも多いので、それに使うためにご要望があります。

大事なのは2です。2の難しさは2つあります。ひとつはその写真を見て「この会おもしろそう!行きたい!」と思わせないといけないこと。ふたつめは次回以降も同じ状況や構成で開催されるか分からないのにその時にもある程度対応できる必要があることです。

・PRのためにイベントを撮る

実際の所、「次回で大幅に構成を変えることになったので前回のは使わなくなった」と言われることもあります。ですが会の構成が変わっても会場のセッティングが近ければ会場風景として使える可能性がありますし、聴衆が講演内容に聞き入っている顔や懇親会などの談笑風景は汎用性がありますので一通り押さえるなど工夫します。

※この時には必ず主催者に参加者に対して撮影される可能性がある事、その写真が公開される可能性があることは必ず周知することを依頼します。依頼できていない場合はどんなに主催者のためになるシーンであってもカメラを向けないなど撮影しないようにします(念のためと思って撮影してあって、一応注釈付きで納品した場合、万が一その注釈がクライアント側で周知されず公開されてしまうと大問題になるのでそもそも撮影も納品もしません)。

「行きたい!」と思わせるには参加者が楽しそうにしているか、体験する価値がある(イベント側が売りにしている)ワークなどが含まれている必要があるので、ある程度聴衆の雰囲気も含めて撮影します。この時、上の※の内容がフォローされてないと聴衆の表情が撮れないので、やはりある程度参加者への周知とカメラマンへの配慮というのは必要になります。

・カメラマンとカメラはイベントにとって「異物」

イベントというのは主催者と参加者がいて成り立ちます。他に必要な物はどこかしらの会場だったり、主催者以外の出演者や登壇者、講師などの人たちです。

お分かり頂けるようにイベントを開催するための構成要素にカメラマンは存在しません。つまり、イベントを撮影する目的が上に書いた1~3のどれであれ、またイベントを撮影するカメラマンがプロであれ、主催者側のスタッフが撮るのであれ、イベントそのものには不要なものです。

不要なものが入る以上イベントの参加者が得る体験価値自体をカメラマンが毀損する、下げてしまう可能性があります。カメラマンはその価値を下げない努力をすべきです。

そのために一番必要なことは何か?その答えはものすごく簡単なことです。カメラマン自身がイベントの価値を理解し楽しむことです。その場の講師や出演者の熱意、参加者の雰囲気に合わせることです。最低限の態度として、その場の雰囲気を乱すような行動や表情は絶対に出してはいけません。

・自分が笑顔でいれば相手も笑顔になる

少なくともカメラを持って人前にいる時点で、自分は他の参加者やスタッフよりも目立つ存在であることを自覚することです。そんな自分がふてくされてたり、眉間にしわを寄せていたり、ましてや無表情でずっと会場前方で液晶モニターをのぞき込んでいたりしては参加者が持つ印象は悪くなるばっかりです。

またイベント中はどんなことがどのタイミングで起こるか、それによって参加者がどんな表情をするかを常に見ていなければなりません。仮にタイムテーブルが決まっていてもそのタイムテーブルに沿って起こることを撮るためには会場全体を観察している必要があります。

そのためには顔を上げて会場を見ていなければいけないのですから、参加者はカメラマンの顔を見られる状態になるわけです。そこで不機嫌そうな顔をすることは参加者の気分を悪くします。結果として、参加者がカメラマンが持つカメラに対していい表情を向けることはあり得ません。

それを逆手に取り、どんな時にも笑顔で(笑顔が不自然な時もありますが)、前向きさが感じられる表情でいれば参加者は違和感を感じにくいですし、それに伴って場に溶け込むことができます。

笑顔の相手が撮りたければ、まず自分が笑顔になることです。

なぜ突然こんなことを書き出したかというと、やはり時々会場に溶け込めずにいるカメラマンを、参加者として訪問したイベントで見かけることがあるからです。

特にその主催者(企業)のチームのうち、若い人が記録係を受けていたりすることもあり、ご苦労されているシーンもよく見かけます。

ただせっかくカメラを持ってその場にいる以上は、その方がプロであるかどうかに関わらず、いい写真を持って帰って今後に活用して頂いた方がよかろうと思い、こんなことを書きました。

写真は企業にとってPR素材です。品質の高い素材を多く揃えて自社をアピールできるようにしましょう。

製品開発のハードルを下げたい

仕事に関連する中でもあまりお話しする機会のない話というのがいくらかあります。せっかくなのでそんな話をこのサイトに書き残しておくようにしようかなと思います。

製造業の業務範囲というのはその企業それぞれで大きく変わります。完成品メーカであれば部材の調達もしくは生産、社内での仕上げ加工や組立て工程を持ち、エンドユーザが使用する上で品質上問題が起きないことを保証しながら販売しなければなりません。

部品加工を受託した会社は顧客の要望を満たしながら部品の出荷品質を安定させ、常に同じものを出荷しなければなりません。

その受託する会社も、機械加工品の様な社員数名~数十名で一社で一つの材料を加工し出荷している会社から、社内で複数工程を持ち、外注先と連携しながらいくつかの組立てを担当することもできる会社さんもあるでしょう。クライアント一社への依存率や業界への依存度も会社さんによってかなり異なるのが現状だと思います。

・大企業の発注をあてにできない

日本製品が必ずしも売れる時代じゃないのは今(2019年10月現在)これを読まれている皆さんもお分かりだと思います。また、今まで製品を出荷する形でビジネスを続けてきた会社が大規模なITサービス系企業と連携したり、場合によっては競合したりもしています。

トヨタ「ライバルはもうホンダではない」の真意 全ての企業の競争相手はGAFAである - PRESIDENT Online

製品販売以外の事業を展開したりして、相対的に製造業の部分のウェイトが下がっている企業もあります。日本だとソニーなどがいい例で、製品を作るだけでなく、音楽や映画、金融に手を広げ、売上高や営業利益などを見ると、そちらの方が製造業が関連する事業よりも額としては大きいものも見受けられます。

ソニー 2018年度決算説明資料  2019年4月26日

製造業の海外流出というような、生産現場が海外に移転したり、人件費の安い海外の会社に発注されてしまうという状況ではなくなり、そもそも日本国内での製造業の仕事が減っているのが現状です。その中でもなんとかまだ世界レベルで製品を売って歩ける会社があるのでいいのですが、でもそのような企業が危機感を抱いており、そのために作戦を考えて行動したことにより徐々に結果を出しているのが2019年の今と言えます。

・自分のやっていることを伝える

日本の中小の製造業の方(他の業種の方もそうかもしれませんが)、大きな企業から仕事を受けている会社が多いと思います。もちろんそれが悪いことなのではありませんが、その流れてきている仕事がなくなる、細くなるのが現在ということになりますし、その風を一身に受けている会社が非常に多いはずで、危機感を募らせてらっしゃると思います。そのために自社の技術を活用して製品を作ろうと思う会社さんが多いのも存じ上げております。

しかし、本当に数名で受託事業を行っている会社さんはこれをやる事すら厳しい状況にいらっしゃると思います。そのような会社さんが取り組めること、それが実は社内に品質保証体制を構築することだったりします。

なぜなら、品質保証体制というのは技術的な対応と開発管理、生産管理、それらを通じた品質管理の意味と内容を整理して、作り始めから販売までを網羅することだからです。つまり元手が0円で済みます。

それらの取り組みを自社のパンフレットでもポスターでもいいです、TwitterなどのSNSやもしお持ちであれば自社のwebサイトでもいいです。それらを公開しましょう。公開することで、「弊社は、ものづくりをこのように捉えて取り組んでいる会社です。」という説明ができます。

それができると自社で製品を作りたいと思った時にもいいことがあります。それは自社の製品がどの程度の生産数量でどの程度の納期なら対応可能なのか整理ができるからです。

実はQA+で今までの記事の内容の様な事を延々と書いているのは、その品質保証体制を構築する上での参考情報にして頂きたいからです。

「うちはISO9001取ってるよ」とか「○○という大企業の要求にずっと応え続けてきたから技術力はあるよ」とか説明できる会社さんはたくさんあると思います。ただそれらのもったいないところは、それだけでは皆さんがどのようなお仕事をしているか、どのように案件に取り組まれているかは説明しきれていない点です。これらの説明ができると、外部からの理解はものすごく高まります。

QA+を運営している株式会社コルプの目的は、ご自身の会社と事業がどのようなことができるのか、改めて見つめ直して頂くための機会のご提供なのです。

品質とは管理されるべきもの

ここまでで新製品の品質を定義し、設計してきました。

品質とは定義されるべきもの
品質とは設計されるべきもの

その品質を管理し、維持するためのシステムを構築するのが生産工程の設計です。
部品の発注先を選んだり、製品設計中から製品の構造から組立工程の構成を考えたり、量産に移行する前に試作品を使って性能や信頼性を評価をしたり、量産に移った後も工程内管理や検査や定期的な信頼性試験を実施するのも全て品質を管理して維持するための行動です。

これらが欠けたら生産する製品の品質は維持できず、歩留まりが下がるか、最悪のケースでは開発中や生産中の品質不良を検出できず市場に流出させることになります。

・開発中の品質管理

開発中の品質管理はまさに「品質の設計」で書いたような部分になります。開発中の品質管理は、製品の品質そのものは作り上げる最中なので、その製品品質を作るためのプロセスが想定通りに稼働しているかどうか、開発プロセスの業務状況が適切かがその管理対象になります。

自社がどのような開発業務を設定し、それに対応するためにどのような組織を作り、開発プロセスを運用しているか(=製品開発のためにどのような段取りをしているか)を決めておき、その通りに業務が進んでいることを確認します。

開発中の業務を通して品質を管理しますが、生産中と異なり、数値で確認するのが難しいように感じるかもしれません。そうであれば、内部監査の結果や日々作られる書類、帳票類の内容の機能に関する項目などを数えるなど、定量化する方法を検討して何らかの指標にするという手もあります。

・生産中の品質管理

生産中の品質管理の目的は開発終了し量産移行した時の品質を維持することです。

工程が当初設計した通りに稼働していることは設備の日常管理で取得できるデータや、各工程間で行われる工程内検査のデータで行っていると思います。
出荷検査で不良がなくても良品率100%にはならない

生産中の管理はこれだけではなく、製品によっては量産中にも信頼性試験を実施します。これも製品の特性や生産数から内容や対象となる抜き取り数が設定されることが多いようです。

・販売後のケア

販売後、不良品が流出していた場合には顧客の手元でその不良が顕在化することもあり得ます。その時のために問い合わせ窓口と修理対応や不良品交換の準備をしておきます。

いわゆるアフターサービスやサポート対応になりますが、この話を管理の所ですることにも意味があります。ユーザの手元で発生した不良品は、そのユーザの使用環境と使用方法によって故障が発生しています。それらは合わせて貴重なマーケティングデータであり設計データです。ですので、ユーザからの問い合わせやクレームをただ面倒なものとせず、その中から使用環境と使用条件、使い方、壊れ方を情報として収集できる体制が必要です。

特に使用環境や使用方法については注意を払って確認します。ユーザは作り手が想像もしなかったような使い方をしたり、想定していなかった使用環境で動作させたりするものです。メーカとしては「そんな使い方しないでくれよ!」と思うこともあるかもしれませんが、逆のことを言えば、ユーザは「こんな場所でこんな風に使えたらこの製品はおもしろいかも、意味があるかも」と感じているということですので、その使われ方をする市場にニーズがあるということです。もし製品仕様として対応できる方法であれば対応させることでビジネスを拡大することができます。

一方で本当に使ってはいけない方法や環境で使っている場合、取扱説明書やパッケージに記載する注意書きの内容が不足している可能性もあります。修理対応の件数によってはその問合せ数に対応して取扱説明書に記載する注意喚起の書き方などをより分かりやすいように変更する必要があります。これらは製造物責任に関連する問題ですのでより注意深く対応します。

ユーザの使用方法や環境が問題ないのに故障が発生している場合、単純に設計上弱い部分が顕在化していることになりますので、市場での不良発生時は開発担当者や設計担当者にも必ず情報を共有し、組織的な改善活動を行います。

これらの管理内容に対応するためには企画時、開発時に適切に品質が設計されていなければ生産時、最悪の場合には市場に向けて販売を開始してから問題が発生した場合に、対応する方法がなく製品を回収(リコール)するしかなくなるというケースも考えられますので、注意しながら進めます。

カン・コツを明文化しないと、カン・コツの要らない世界になっちゃいますよ?

カンとコツの明文化についての話に対してあまり積極的に話したがらない人がいます。なんででしょう。自分でやってることをうまく説明できないのでしょうか。それとも自分だけのものにして有利な立場に立ちたいのでしょうか。いずれにしてもビジネスは競争ということを考えたらある程度意味のあることではあります。

技術を公開する方法としては社内であれば手順化、社外であれば特許などの方法が考えられます。一方で自社固有の、特定個人の技術として非公開で使い続けて優位性を保つという選択肢も実際にないわけではありません。しかし、技術の公開をしないともしかしたらよろしくない方向に事態が動くかもしれません。

例えば「なんだ、教えてくれないのか…」といって人が離れていきます。しかもそれだけではありません。「教えてくれないなら自分達で代わりのものをつくればいいか」と言って、入手できなかった技術を代替するものを作ってしまうかもしれません。

そうするとどうでしょう。自分が圧倒的に強みを持っていたはずの分野で、他の人がもっと低い性能で作った製品が、自分達の製品以上にもっと受け入れられてしまうかもしれません。自社内でコツを共有してできる人を増やしていれば、社内の生産効率が下がって、自社で販売している製品のシェアを落とさずに済んだかもしれません。

技術というものの大前提ですが、古い方法や製品は新しいものが出てきたら淘汰される事が少なくないということがあげられます。新しい製品が行き渡り、社会の中に浸透しても生き残るものもあります。しかし、特に工業の世界において以前からあるものは完全に淘汰されるか、それを使う意味がある領域にのみにしか売れなくなってしまいます。

コツを明文化して共有すれば常に市場で圧倒的なポジションを取れるという意味ではありません。それでもコツを明文化して共有することで対応できる人を増やし、組織全体の効率を上げることには意味があります。コツを産み出した能力の高い人に次のステップに進んでもらい、新しい方法や技術を産み出してもらわないと、自分達の技術の存在価値、ひいては自社の価値を維持できない可能性があるのです。

そのようになる前に、自分の中にあるものを明文化し自社固有の技術の効率を高めたり対応できる人数を増やして、次のステップへ行きましょう。

品質とは定義されるべきもの

今、新製品を企画して思うこと。の中で以下のように書いた部分があります。

現時点では目的を達成できる最小限の仕様と構造を検討し、ユーザに要求するオペレーションもシンプルに目的が達成される使い方を提供すべき

今、新製品を企画して思うこと。

これは企画者が考えるべきことじゃないのか?と思われた方、正解です。そして、まだ企画段階だから品質保証の出る幕じゃないと思われた方、不正解です。

・企画を考えた段階から品質を考える

品質保証を実行できるようになろうとした場合、ここで「企画者が考えているから」で放っておいてはまずいことがあります。それはなぜかというと、企画者がそこで何を考えているか、そもそもマーケティングデータでどのようなデータを見ていて、なぜその考えが商品になるといいのかというポイントがそこにあるからです。

逆を言えば、その考えが商品に入ってないと商品をリリースする意味がないということになります。商品企画とは、その商品をリリースする意味の原点であり、それを元に要件定義や仕様が作られます。仕様になったものは図面化され、実際の品物になります。

つまり、最初に企画上の意図や意味だったものが、仕様により性能化され、図面上の管理ポイントに落とし込まれます。品質保証はこの段階を追っておく必要があります。もし仕様に不足があれば実際に図面になったり試作品を作った時にミスが発覚し、設計変更になります。

更に恐ろしいのは量産性を確認するための評価に移行し、試作品の台数を増やした時です。例えば、試作品の数台での評価では何も問題なかったはずが、量産性確認のために台数を増やしてみた途端、 性能を満たさない個体が多数発生してしまったとしましょう。検証の結果、量産工程の組立て時の工程能力では性能を達成する組立てができないとなってしまったらどうでしょう。その仕様は量産条件に合わなかったということになり、仕様設計までさかのぼる必要が出てきます。

こうなったらほぼ作り直しと同じことになり、予算が更にかかる上、発売時期が伸び開発中の製品で売り上げが立つタイミングが遅れます。開発で工数がかかりますのでその製品で利益を出すハードルは更に高くなります。実際に自社で製品を企画・開発・生産している完成品メーカなどの製造業はこのリスクに常にさらされます。

・そもそも論を歓迎する

もし開発が進捗してから問題が起こった場合、上に書いたように大幅なコスト増になることがあります。それを避けたいのは当然なので、詳細の原因究明をして、手戻りが最小になるようにするのですが、 本来は 最小にするための努力は初めから必要なところを明確にして確認を重ねていれば済むはずです。ただ、漏れがない仕事をすることが不可能なのも現実です。

また、ここで手戻りを少ないからということで、上に引用した「 目的を達成できる最小限の仕様と構造を検討 」し直そうという話になるかもしれません。この時よく起こるのは、手戻りを最小限にすることが目的にすり替わることです。そのために企画で決めた目標を下げるということが検討の選択肢に入ってくるかもしれません。

現実的な話にしてリリースを目指すのも方法の一つですが、ここで必ず確認しておかなければいけないのは「自分たちはそもそも何を作ろうとしていたのか」「変更後の目標で最初に企画した時の目的は達成可能なのか」を検討することです。リリースすることは大事ですが出して意味のない製品になるのならば、開発を中止した方が余計な予算を消化せずに済みます。

また、そもそも実はユーザの使用条件に対して 企画立案時や仕様検討時の内容に抜けや漏れがあったという可能性もあります。 開発が進むにつれてより具体的に製品の形が見えてくることで見えてくることもありますが、企画立案時の製品の概要や性能が使用シーンに合ってないのであれば企画の見直しが必要です。企画者が抜けもれなく仕事をしている保証はありません。また企画者には可能な限り具体的な使用シーンがイメージできている必要があります。

・初期から品質を定義する

組織として開発に際して注意することは適正なコストを投下して適切な結果を得ることです。その適切な結果とはユーザへの価値提供であって、製品のリリースではありません。品質が定義できないのはそもそも初期段階で目標が決まっていない、つまり製品が社会に与える価値が見えていないということなので、その開発自体を見直す必要が出てくるかもしれません。

品質はユーザに関連する部分以外にも多くあります。次機種の開発で使用する可能性のある機能や要素部品、生産工程の効率化に必要な要素などにも品質の定義が必要です。しかしこれらは製品の形が具体的になるにつれて検討の必要性が増してくるものでもあります。言い換えれば開発が進み具体的な話になればなるほど初期に決めた大きな要素の変更が困難になります。

開発開始時における品質とは、その製品を通じて達成すべき目的を定義することそのものです。

今、新製品を企画して思うこと。

実は弊社では2019年中のリリースを目指して現在映像関係の新製品を企画中です。詳細はまた別途コーポレートサイトとブランドサイトにてお知らせしたいと思いますが(こちらでも何らかのご連絡はしたいと思います)、改めて自分で試作(というか工作?)したり、製品企画したりしていると、製品化と事業化の難しさと同時に心の底から楽しさ沸き上がってくる感じがします。

・その製品は使っていて楽しいか

B to C製品だったら主に使うのは個人のお客様です。仮にお仕事で使うとしてもオペレーションするのはお一人でしょう。そんな時でも、私は使っていて楽しい製品が作りたいなぁと思います。使っていて楽しいとは、(1)その製品に触れているとき(2)その製品を使っていて得られる結果が楽しい のどちらかは最低欲しいと思います。

(1)の場合は製品の出来がよくて、触ったり操作したりが心地よかったり、見た目がカッコよかったりして見てると嬉しくなる、などがあると思います。他にも操作している中で、目的の昨日の面接の至るまでの操作が合理的で使いやすいなども、使用時のストレスの軽減のみならず使ったときの楽しさにつながるんじゃないかなと思います。

最近の製品でそれを実現できているのはやはりiPhoneでしょう。最近は賛否両論聞かれますが、それでもApple製品とその中でもiPhoneはOSまで含めてですが洗練された使い勝手という点で特徴があるように思います。ちなみに筆者はWindowsとAndroidユーザなので厳密には知らないんですが。笑

(2)はまさにこんなことができる、あんなことができるというような機能の部分です。その部分が製品の本質で買う理由でもあるのでとても重要なのですが、その中でもある程度機能のバリエーションがあったり、これは場合によっては機能の制約条件だったりもします。 製品によっては(1)と複合するものもあるでしょう。

例えば、初心者向けのカメラなどは「スポーツモード」や「夜景モード」など、これを使えばそのシーンが上手に撮れそうな名前がついている機能があります。あれはカメラの露出制御を、そのシーンを撮る時に使われる設定値以外は設定できないようにしています。これは(2)のアプローチで、初心者のユーザが困らないようにしているわけです。

・その製品は作っていて楽しいか

作り手にとって、製品を作ることは楽しいことです。ただ作り進めていく中で考えるべきこと、自社でできないことが必ず出てきます。実は今の私もそうです。正直その事実に行きあたると気分は重くなります。でもこの時、自社でできないから、やり方が見つからないからやらないとするのはやっぱりもったいないと思います。

何か一つでも成立する方法があればそれで一度実現させてみる、ユーザにとってもっといい方法があるかもしれないと思うかもしれません。もっとカッコいいものになるはずだと思うかもしれません。同時に作る方にももっとシンプルな物、性能を保証しやすい加工方法などを考えなければとプレッシャーを感じます。

もっと良くするべき、良くできるはずという気持ちはよく理解できますし、筆者もそうしたいと思う人間です。でもそこで一度立ち止まることも必要なように思います。特に今まであまり製品として存在しないニッチな物、新しい物であればあるほど、完璧主義に近いこだわりは機会損失かも知れません。まず新しい価値を早く製品を通じて体現し社会に問いかけることで、ユーザにその価値を届けることができます。

そのバージョンアップやモデルチェンジを前提にした構成や構造がもし検討できるなら、実はその方がいいかもしれないのです。最初の製品の開発初期の段階で考えることを止めていいということではありません。現時点では目的を達成できる最小限の仕様と構造を検討し、ユーザに要求するオペレーションもシンプルに目的が達成される使い方を提供すべきだと思っています。

筆者は品質保証の業務経験がある機械系エンジニアですが、品質保証の人間がこんな割り切ることを是とするようなことをいうイメージは日本の製造業の方には少ないかもしれません。でも私が本当に製品開発でおもしろいと思っているのは、企画が技術的に達成可能であるかどうか、それを自分が扱いきれるかどうか、ユーザに提供する形にパッケージできるかどうかの3つがバランスして「これしかない!」と思える形に収まる瞬間がものすごく好きだったりします。

実現しなければいけない価値を実現するのがエンジニアリングであるべきなのですが、それが必ずしも達成できない場合には次の落としどころを探らなければいけません。その次の落としどころを探る行為が上記の3つのバランスを取ることだと思うのです。

全ての製品開発には困難があり(新しいことをしているのですから当たり前です)、それを何らかの形でクリアしなければいけないならば、その困難を乗り越えるか、できないなら回り道を見つけるか、何かをしなければいけないのです。

その何かが見つかった時が自分にとっては至上の喜びであり楽しさです。

そんな風に、作り手にとっても使い手にとっても楽しめる製品を作り、作り手も達成感を感じ使い手も新しい道具を手に入れた喜びを感じられるビジネスがしたいなぁと思います。

「来ればわかる」「使えばわかる」じゃわからない

先日、生で音楽を聴く機会がありました。その時、出演者の方は自分の出番が終わった後、本当に謙虚に会場にいるお客さんと言葉を交わされていました。私も簡単にご挨拶しましたが、「来てもらえて、聞いてもらえることがありがたい」という気持ちは嘘ではないでしょう。

過去に私が書籍に挿入される写真を撮影した際、出版記念イベントに招待され、簡単に撮影の内容などをお話ししたことがありました。その後、懇親会のような形になり、著者が他にいらっしゃるその会で私の出番はほぼ終わったようなものだったのですが、その中でも少なからず写真の撮影者ということでご挨拶に来て下さる方がいらっしゃいました。
「写真がよくて 『 誰が撮ったんだ?』と思った」とか「 本を読む上で写真の雰囲気も背中を押してくれた」とか仰って下さる方がいらっしゃったんですね。

・聞いてない人、見てない人は買わない

当然のことではあるんですが、そのアーティストの曲を聞いたことがない人はその人の他の曲やコンサートチケットにお金は払わないんですよね。私の写真を見たことがない人も、私の写真を見るまで、掲載された本や作品を買おうとは思いません。

つまり何らかの形で知ってもらわないことには購入に至らないことになります。ですのでAmazonなどの通販サイトでは商品画像を掲載したり、書籍の中も一部公開したりして購入の判断をしやすくしています。実際「Amazonで公開されていた写真のページが素敵でした」と仰って下さった方がいらっしゃいました。私の写真が購入の理由の一つになっているとのことで、とても嬉しいことですね。

これらがない状態で「買って下さい」ということは、事実上道端でチラシを配ってるのと大して違いがありません。興味も関心もない不特定多数の前で商品の名前を叫ぼうと、誰も聞いてくれません。

人が自分の商品や自分が企画したものを知ってもらいたいと思うとき、 それでも案外多くの人が道端でチラシを配ろうとします。その人が道端で配っているチラシもティッシュも受け取ったことがなくてもです。

・無料サンプルが次の一手

「だったら使ってもらおう」ということで多くの人が無料サンプルをチラシに付けたりします。それでも興味も関心もない人には使う理由がありませんので、チラシと一緒に捨てられます。

だったら、圧倒的に使う理由がある人のいる所で配るのが得策だと気が付きます。もうチラシの時点でお気づきかもしれませんが、無料サンプルを付けたらその意味はチラシだけより大きくなります。

だから世間では量販店の類似商品売り場でサンプル試用ができたり、キャンペーンイベントを開催したりしているわけですが、完全に個人もしくは中小企業でそんな広告費を掛けられない、掛けたところでそもそも自分たちのことを知ってる人がほとんどいない人はどうしたらいいでしょうか。

・本当に「友達だろ?」というべきとき

結論から言ってしまいますがサンプルを作ったら友達に使ってもらう、最低限、自分と近い属性の人に使ってみてもらうことが一番の近道です。必ずしもいい顔をされるとは限りませんが、ここは何とかして頼み込んで、一人でも多くの友達に使ってもらう機会を作りましょう。もちろん相手の迷惑にならない範囲で。

この結果得られるものは賛同する意見や応援だけではなく、「こんなもん使わせんなよ」とか「これ何の意味があるの?」など率直な意見も多く寄せられるでしょう。

友達というのは自分とある程度の交際期間があり、お互いの社会的バックボーンをある程度知っている相手ということになります。そうであれば、作ったものが相手のニーズに合致していたかどうかを確認するのが比較的容易になります。

不特定多数の大雑把な反応より、少数の詳細なフィードバックの方が商品特性のコントロールがしやすい情報が手に入る可能性が大きいです。その使ってもらった友達の属性やタイプ、ニーズごとに反応を区分するとマーケットが予測できます。そうすればチラシを配る時、広告を打つ時にあらかじめ対象の範囲を決めることが可能です。

・これは「要件定義」の第一歩

自分の企画を立ち上げたとき、次にするべきことがあります。それは「要件」や「要求」を決めることです。

「要件」や「要求」とは、「その製品は何のために作られるのか、どのような機能を持ちそれによりどうやって目的を達成するのか、ユーザは効果を得ることができるのか」で、「要件定義」は「要件や要求を企画者が定義する作業」です。

なぜ企画の次工程に相当するそんな上流の話を品質というテーマの中に置くのかと思われる方もいるかもしれませんが、ここで定義される要件そのものが、製品やサービスになった時に品質と呼ばれるものの一部になるからです。決して全部ではありません。しかし確実に品質の一部に要件定義の内容は含まれてきます。

要件定義なくして開発プロジェクトの立ち上げはあり得ません。

・「生もの」は代替品を用意する

この記事の最初に音楽と写真の例を出しました。特に音楽などは音源を再生して聴くならともかく、ライブの興奮や楽しさみたいなものは体験しないとなかなか分からないものだったりします。

でも「体験しないと分からないよ」といくら言っても体験する前の人はその価値が分からないんですから、不特定多数にチラシを配っている状況と大して変わらない環境にあります。

ではどうするか。もうそのライブを疑似体験するものを用意するしか方法がありません。例えば何らかの形でライブを再現するか、そのパフォーマンスの価値を反映した映像を用意したり、もっとリアリティを込めて体験できる方法があればそれでもいいでしょう。

ただあくまで代替品は代替品でしかないのも事実です。疑似体験は本当の体験には程遠いものになるでしょう。それでもそれをどのように作るのか、疑似体験は疑似体験で丁寧に企画し、どのように感じられるかを作り込むことが、「生もの」のプロモーションには必要な気がしています。

「ものづくり」の3ステップ

QA+をお読みになっている方は製造業の方が多いように思います。日本は明治以降急速に近代化を進め、その発展はほぼ製造業の発展でした。戦後も製造業は 特に未成品についてはずっと 日本の花形産業でした。人々がよく「ものづくり」と呼ぶようになったのはこの頃のような気がします。

その後日本の産業の中で製造業以外も存在感を見せ始めると、製造業以外の業種でも何らかの制作物を作る分野を「ものづくり」と表現しているのを耳にするようになります。音楽や小説などの表現や芸術分野の人や伝統工芸のような技術に熟練した職人の手作り品のような工芸の分野も、確かに有形無形の「もの(制作物)」を生産し販売しています。そういう職種の方のそのような発言に対して、確かに「ものづくり」だなと思った記憶があります。

では芸術や工芸と工業は何が違うのでしょう。今回は私が考える基準にしている区分についてご紹介します。

・「ものづくり」のレベル感

芸術、工芸、工業3つには明確に異なる要素が存在します。それはシステムレベルです。システムレベルは制作物が出力されるまでのプロセス(工程:開発プロセス、生産プロセスとも)が「どの程度システム化されているか」、つまり「どの程度定型化され管理されているか」です。

システムレベルが高いほどプロセスが高度に組織化、システム化されていて、制作物の大きさや個数を大規模にしたり工程を組み替えたりの調整がしやすくなります。つまり作ったものの再現性が高くなります。

システムレベルが低いと作る人の意志や方法などで制作した結果が変わり、作ったものの再現性が安定しません。同じ絵を描こうと思っても書けませんよね?逆にどんなに同じものを作ろうと頑張っても毎回変わるので、その変化そのものが楽しみ方など作ったものの価値になったりします。

このシステムレベルの観点から3つの違いを見てみましょう。

【芸術】

一番システムレベルが低い状態です。芸術とは作家本人が制作物のコンセプトを考え、イメージを作り、作り方も考えた上で作る作業を実行し実体にします。そこで生まれるものは「作品」です。

量産性は低いです。同じものを作ろうと思っても再現性が低いのでどこかしらに違いが出ます。それは逆に作品の価値を高めます。ひとつの作品が世界で唯一無二の物になるからです。制作物の希少性が最も高くなる制作形態です。

基本的に作業者が交代できません。作る作業全般が属人化しますので、企画者、制作者が作家本人や作家と一緒に活動しているチームなどに固定化します。大規模な作品になれば組織化は必要ですが制作作業など標準化しやすい工程を除き、属人性の高さが排除できませんし、排除しない方が価値が高くなりやすいと思います。

【工芸】

中間のシステムレベルです。芸術よりも作り方が決まっているので技術の移転がしやすく、組織化や量産対応がしやすいです。ここで生まれるものは「作品」と呼べるものと「製品」と呼べるものに分かれます。

職人の習熟度合いにより作業技術レベルが変わります。技術レベルをそろえた職人を複数用意すれば組織化やシステム化を進めて量産可能な体制を作ることも可能ですし、工程を分けてライン生産化することも可能です。逆に複数工程を一人でこなすようになるとセル生産に近い形態になり、生まれるものは職人の技術やイメージに左右されるのでより「作品」に近いものになります。

その特徴から高い技術を持つ職人の作る品物は「作品」としても高い価値を帯びることがあります。更にそういう品物は制作点数が多くないので、その点でも価値が高くなりやすいと思います。

【工業】

システムレベルが一番高いものが工業です。工業では芸術や工芸の範囲では価値が上がる可能性があったアプローチは全て排除する対象になります。工業で作られるものは「製品」です。

職人の習熟度合いにより作業技術レベルが変わるのは工芸と同じですが、属人性は技術の移転の支障になる上、職人および組立作業者の技術レベルが揃わないとオペレーション品質が安定せず生産プロセスの構築に影響が出る場合があります。

製品を作る時、工程は複数あり、場合によっては各工程で専門性が異なる可能性もあります。その場合一人の職人が全体を統括するためには、統括するための視点と技術やツールが必要になるケースも多いです。このことから工芸のように高い技術を持つ職人が一人いても「作品」を作れるかどうかはわかりません。

工業における最大の価値は組織化された生産プロセスによる量産性の高さと 再現性の高さ(品質の安定)です。これらを追い求めることで市場に安くてプロダクト品質の高い製品を流通させることが工業における価値です。


このように何らかの形で物を作る活動をしていても取り組み方で作るものの意味合いが変わります。

陶芸を例に考えてみます。本人の中で作り方が決まっていて同じ技法を用いながら使う素材などを変えて違う作品を生み出す作家は陶芸を「芸術」として扱っているかもしれませんが、ある程度形をそろえて普段使いにできる食器を量産して販売している工房があれば、それは「工芸」かもしれません。

もしご自身が何かを作りたいと思っているなら、今自分はどの状況で、作りたいものはどこに位置付けられるものなのかを考えてみるといいと思います。